第88話 聞き間違いですか?

こんな幸せで、満たされた気持ちで迎える朝を私は知らない。

あちらの世界の私は、朝目覚めて絶望する。

また1日が始まると。

朝の目覚めは、終わる事のない地獄の始まりだった。



『もしも泣きたくなったら、1人で我慢しないで下さい。全て僕が、皆んなが受け止めます。』



だから、コクヨウの言葉が嬉しかったの。

これからは1人で泣く事も、何も怯える必要は無いのだと。



『ーーー・・良かったね、お姉ちゃん。』



小さな私が微笑む。

いつの間にか、小さな頃の私が目の前に現れていた。



『ふふ、お姉ちゃん、バイバイだよ。』



段々と、その姿が薄れていく。



『幸せになって。』



小さな姿の貴方の最後の声は、そんな祈るような願い事だった。

違うよ。

薄れいく、目の前の小さな頃の私へと手を伸ばす。



「貴方も幸せになるの。」



貴方も同じ私。

なら、貴方も一緒に幸せになるの。

#あの頃の私__弥生__#も。



「ーーー・・ディア様、朝です。そろそろ起きて下さい。」

「んっ、」



肩を揺すられ意識が浮上する。

カーテンの隙間から、うっすらと部屋の中へ光が入り込む。



「あ、さ・・?」



自分の声が出にくいのは寝起きだからか、昨日の事情のせいなのか。

・・うん、考えるのはよそう。

あまりの羞恥心で居たたまれなくなるもの。



「はい、朝ですよ。しかも、お昼の時間です。ディア様、お昼はどうしますか?それとも、このまま二度寝でも僕は構いませんよ?」

「ぅ、ん、起きる。」



目を擦りながら、ベットから少しだけ怠い身を起こす。

・・お昼、か。

今日は相当寝過ごしちゃったな。

皆んなとも一緒に朝食を食べれなかったし。



「おはよう、コクヨウ。」

「はい、おはようございます、ディア様。」

「コクヨウ、お風呂に入りたい。」

「だと思い、もうアディライトがディア様の為にお風呂の用意をしてくれてますよ。」

「・・・あぁ、そう、なの。」



はは、筒抜けなのね。

アディライトには、昨日の私とコクヨウとのあれこれは。

穴があったら埋まりたい。



「ディア様、僕はアディライトが作り置いてくれた、お昼ご飯を温め直しますので、先にお風呂へどうぞ。」

「へ?アディライトは?」

「先に朝食を済ませて、先ほどフィリアとフィリオの2人を連れて街へ買い物へ出掛けました。申し訳ないが、今日だけは僕とディオンの3人でお昼を食べるようにと言われましたよ。」

「あっ、」



小さく声を上げる。

まさかーー



『はい、ディア様。ふふ、どうぞ、ディア様はゆっくりと明日はお過ごし下さい。』



あの、アディライトの含み笑いはこうなる事が分かっていたからなの!?

私が起きれない事をアディライトは見越していたのね。



「ですので、ディア様?」

「うん?」

「ディア様はディオンと一緒にお風呂へ入って下さいね?」

「・・・はい?」



What?

今コクヨウの口から、何か不穏な言葉が聞こえたような気がするんだけど。

私の聞き間違い?



「ですから、ディア様はディオンと一緒にお風呂にお入り下さい。」

「ーーー・・ディオンと一緒に入る・・?」



どう言う事?

その後、固まる私をシーツごと抱き上げ、コクヨウはリビングへと向かった。

もちろん、そこには笑顔のディオンがいる訳でーーー



「さぁ、ディア様、お風呂へ入ってさっぱりいたしましょう。」



コクヨウに抱かれ、シーツを身体に巻き付けただけの私を当たり前のようにディオンは受け取る。

・・あれ、おかしいな。

なんだか、話が勝手に進んでないかい?



「デ、ディオン!?」



ディオンの腕の中で、私は必死に足をばたつかせる。



「ディア様、そんなに暴れたら危ないですよ?まぁ、絶対にディア様の事は落としませが。」

「ありがとう、って、ディオン、違うから!」



感謝できないから!!



「・・その、ディオンは私を、ただお風呂へ運んでくれているだけ、なんだよね!!?」



コクヨウの一緒にお風呂に発言は、運んで貰ってねって事でしょう?

そうだよね!?

縋るように、ディオンを見上げる。



「ーーー・・あぁ、ディア様。」



見惚れるくらい秀麗なディオンの顔に、満面の笑みが浮かぶ。



「もちろん、ディア様のお風呂での事は、私が全てお世話をさせていただきます。どうか、ご安心を。」

「・・・。」



私の願いは脆くも崩れ去った。

ちょっと、待て。

なぜ、私はディオンと一緒にお風呂に入る事になったんだ?

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