第87話 閑話:満たされ、願う

コクヨウside





満たされた様な気持ちだった。

ディア様の柔らかく華奢な身体をこの腕に抱き、自分の思いに応えてもらえた僕は。

これ以上の幸せは、有るだろか?



「ーー・・ディア様。」



事情に疲れ切って、深い眠りの中にいるディア様の頬を撫でる。

愛おしくて、狂おしくて。



「・・・あぁ、ディア様、もう、きっと僕は貴方の事を何があっても手離せない。」



知ってしまった。

ディア様と言う禁断の果実を。

その果実を味わってしまったら、もう抜け出せない。

魔性の果実。



「ディア様、貴方がどんなに僕から逃げようとしても、もう手離してなんかあげません。」



僕から逃げたいと思えないほど、ディア様の事を甘やかす。

そして、依存させるのだ。



「僕や他の皆んなだけが、ディア様のお側にいれば良いのです。」



他の存在は邪魔なだけ。

ディア様が欲した者だけが、その側に侍られるのだ。

僕達の中心はディア様。

彼女が望む事が、僕達の全て。



「愛していますよ、ディア様。貴方の事を心から。」



狂おしいほどに愛している。

だからこそ、ディア様の言葉が僕は許せなかった。



『ーーーっっ、お願い、私をいらなくなったら、その時はコクヨウ達のその手で殺して?』



・・何を、言っている?

僕が、ディア様の事をいらなくなると本気で思っているのか?



『お願い、コクヨウッ!』



自分から奪うのか。

僕の何よりも大切な存在であるディア様を、貴方自身が。



「死ぬなら、貴方達の手でが良い。」



泣きながら僕に縋り付くディア様の姿に、怒りで目の前が真っ赤に染まった。

許せない。

ーーー・・そして、愛おしい。



『っっ、そ、んな、そんな事、絶対にする訳がないでしょうッ!?』



何かに怯えるディア様の身体を、きつく抱き締める。

出来る訳がない。

こんなにも心から愛おしいと思える存在を手放す事なんて。

あの瞬間、僕は覚悟を決めた。



『絶対、離しません。』



例え悪魔や神だろうと、大切なディア様を奪いに来ると言うのなら、僕はこの手を赤く染める事さえ厭わない。

その為に力を得た。

大切なディア様の事を、誰にも奪わせない為に。



『っっ、コク、ヨウ・・。』



僕の腕の中で静かに声を押し殺して涙を流すディア様。

この腕の中に、ずっといて欲しい。

その全てを奪いたいと言う、僕の中にある醜い欲望。



「ーーー・・好き、です、ディア様の事が。」



貴方の事を愛している。

目の前の柔らで華奢な、この身体を味わいたい。

どんな顔を見せる?

僕の下で、貴方はどんな風に鳴くのか。



「・・ディア様は、きっと僕の中にあるこの醜さを知らないでしょう?」



何度も貴方の事を抱く夢を見た。

浅ましく、強い欲望。



『ふふ、コクヨウ、可愛い。」



側にいられるなら、貴方の望む可愛い僕でいたかった。

でも、それは止める。



『ーーー・・ディア様、貴方の事を抱いても良いですか?』



この腕に貴方の事を抱く。

強く抱き締めて、何かに怯える貴方に何度も愛を囁こう。

愛情に飢えた貴方に。



『ーーー・・恋愛対象として、ディア様、僕は貴方の事が好きなんです。』



僕の唯一。

誰よりも愛おしい人。

ーーー・・貴方の全てが僕は欲しい。



『心から愛してます、ディア様。貴方の事を、誰よりも。』



嘘偽り無い、僕の本心。



『っっ、ふぇ、良い子にするから、嫌いにならないでッ。』



僕と同じように愛情に餓えていたディア様。

愛おしいと思った。



『ーーーっっ、捨てちゃ、ヤダ!』



がむしゃらにこちらへ必死で手を伸ばし、まるで離さないと言わんばかりに僕の服を掴む、震える少女。

捨てられる事に怯え、ディア様は縋るような眼差しを浮かべる。

ーー・・愛されたいのだ、と。



『ーー・・じゃあ、私にコクヨウの全てを頂戴?』



ディア様。

貴方が望むなら、躊躇う事なく僕はこの自分の命さえ差し出すだろう。



『そうしたら、ご褒美にコクヨウに私をあげる。』



それで貴方の事を得られるのなら。

他人には理解できない、僕達の狂ったこの感情は。



『好きだよ、私のコクヨウ。』



その言葉で全てを。

ディア様以外、もう他には何もいらないと思えた。



『ーーーー・・そう、貴方の名前は、今日から黒曜にしましょう。私が昔住んでいた所で取れた、宝石の名よ。』



あの日、貴方から名前を与えられた時から鮮やかに色付いた僕の世界。

ずっと必要とされず死んだ様に生きていた僕の灰色だった世界が貴方と出会い、初めてとても綺麗に見えた。

ディア様、貴方は、たった1人の。



「ーー・・僕の女神。」



貴方が幸せである事を、ただ僕は願う。

ずっと、この先も。



「貴方が望むなら、どんな事でも叶えましょう。」



それで、貴方が笑ってくれるのなら。



「愛してしまったのです、ディア様、貴方の事を僕は死んでも良いと思えるほど。」



欲しいのは貴方だけ。

ぐっすりと眠るディア様の、甘い唇へと口付けを落とす。



『んっ、っっ、あっ、コク、ヨウ』



僕の手で乱れた貴方。

もっと、いろんな表情を僕に見せて?

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