第86話 明けない夜

コクヨウの事を好きだと思ってしまった時点で、私の負けなのだ。

きっと、コクヨウがどんな事を言っても、どんな我が儘を私にぶつけても許せてしまう。



「・・だって、好きだから。」



好きだから、コクヨウの全てを受け入れたい。

コクヨウの望みを全て叶えてしまいたいと思ってしまうのだ。

恋は盲目。

そんな人間に私がなるなんて不思議だ。

あちらの世界にいる頃は、こんな事を考えられなかったから。



「これが、幸せって事なんだね。」



初めて知る、普通の幸せ。

寂しくて泣いていれば、こうして家族に抱き締めて貰える事の幸福さ。

人との温もりを分け合う事の愛おしさを知る。



「好き、だよ、コクヨウ。」



私の胸の中にあるのは普通の愛とか、恋ではないけれど、コクヨウの事が好き。

ずっと側にいたい。

例え私が死んだ、その後も。



「ーーー・・っっ、あぁ、ディア様。そのお言葉、とても嬉しいです。」



私を見つめ、うっとりとした表情をするコクヨウ。



「ディア様、もっと言って下さい。」

「・・恥ずかしいから、嫌。」

「ふふ、残念です。でも、また食べてしまいたいぐらい、照れている可愛らしいディア様のお顔を見れたので満足です。」

「っっ、」



普段の可愛いとは、どこか違う。

私を求める男の顔。

今まで私が知らなかった、コクヨウの男の一面。



「ディア様?」

「っっ、何でもない!」



目を伏せる。

ーー・・どう、しよう、コクヨウの男の一面にどきどきし過ぎて、胸が苦しい。

これが人を好きになるって事なの?



「あ、れ・・?」



私の目から涙が零れ落ちる。



「っっ、なっ、ディア様!!?一体、どうされました!?」



勝手にぼろぼろと私の目から零れ落ちる涙。

コクヨウが目を剥く。



「・・分から、ない、勝手に、涙が、」



何でか勝手に泣きたくもないのに私の目から涙が出てきてしまう。

どうして、だろう?

何も悲しい事なんて無いのに。



「ま、まさか、僕、何かしてしまいましたか!?

「・・・んん、多分違う、安心、したんだと思う」



この涙は、ずっと張り詰めていたものが無くなって、安心したから零れ落ちた涙だ。



「後、幸せの涙?」

「ーーー・・、そう、ですか。それなら、良かったです。」



コクヨウに抱き締められる。



「ディア様に泣かれるのは、とても辛いです。」

「うん。」

「でも、泣く事を我慢したり、僕の知らない所でディア様が1人で泣く事はして欲しくありません。」

「うん。」

「もしも泣きたくなったら、1人で我慢しないで下さい。全て僕が、皆んなが受け止めます。」

「・・うん。」

「これからは、ディア様の側に僕がいます。他の皆んなも、ずっとお側に。」

「ん、」



私を優しく抱き締める、コクヨウの背中に腕を回す。



「愛しています、ディア様。」

「っっ、」



むき出しの肩にキスをされ、ぶるりと身体を震わす。

さっきまでコクヨウに愛された身体が反応し、また熱を持ち求めてしまう。

ーーー・・もっと、コクヨウに愛されたい、と。



「狂ってる。」



終わる事のないコクヨウへの欲求。

際限なく私の中で欲しいと、我慢するなと暴れまわっている。

手に入れろ、と。

何も我慢などせず、コクヨウの事を自分が求めるがまま欲しろと囁く誘惑の声。



「コク、ヨウ、・・。」



理性より、自分の中の本能が勝った。

目の前の愛おしい男へ手を伸ばし、お返しに肩に齧り付く。



「いっ、っっ、」



痛みに顔を顰めるコクヨウ。

もっと、コクヨウの他の表情を見たくて、血の滲む肩を舐めてみる。

口の中に広がる鉄の味。



「・・むう、美味しくない。」



眉根を寄せる。



「・・・血、ですから、ね。」



苦笑いのコクヨウ。

私の暴挙にも何の怒りも示さない。



「ふふ、でも、これでコクヨウが私のものって言う証が付いた。」



歯型の付いたコクヨウの肩を、ゆっくりと指でなぞる。

私が愛した証拠。

コクヨウが私のものである証明。



「ーー・・永遠に、この跡が消えなければ良いのに。」



強く刻み付けたい。

コクヨウが私のものと言う証を。

知らしめたいのかも。

誰も私の愛おしいコクヨウに手を出せない様に。



「・・・っっ、ディア、様・・。」



コクヨウの瞳に灯る欲の熱。



「ふふ、コクヨウだけなんて、狡いよね?」

「え?」

「今度は私が愛する番。」



ベッドへコクヨウを押し倒し、私はその上へと跨がった。



「っっ、ディア、様?」



驚くコクヨウに私は見下ろして微笑んだ。



「コクヨウ、私が欲しい?」



首を傾げる。

何度でも同じ事を聞かせて?

私を求める言葉を。



「・・は、い、ディア様の事、が、欲しいです。」



朱に染まる、コクヨウの頬。



「ふふ、いい子。」

「っっ、」



唇に指を這わせれば、コクヨウの瞳にらんらんと欲情の火が灯る。



「コクヨウ、大好き。愛しているわ。」



もっと、求めて、欲して。

ただ無邪気に愛されたいと両親の愛情を求めていた頃の私よ、さようなら。

私は、この愛に溺れよう。



「だから、私だけの事を考え、見て、愛して?」



ーーー・・愛に飢え、からからに渇いた私のこの心が満たされるまで。

まだ、夜は明けない。

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