第63話 この怒りは誰の為

どさりと崩れ落ちる音を聞きながら、目を見開くコクヨウへと歩み寄る。

私の手から滴り落ちる血。

それを気にならないぐらい、私の頭の中は冷えていた。



「・・・コク、ヨウ。」



呆然と立ち尽くすコクヨウの身体を引き寄せて、抱き締める。



『っっ、くそ、薄汚い魔族の失敗作め!』



獣人の男のコクヨウへの罵りに、私の中の何かが切れた。

コクヨウが失敗作?

私の大切で可愛いコクヨウが?



「っっ、っっ、違う、コクヨウは、失敗作なんかじゃないわッ!」



怒りでどうにかなりそう。

こんなにも、誰かを憎む事が出来るなんて思わなかった。

魔族と同じ色だから?

自分達とコクヨウが違うから、だから攻撃するのも仕方ない?



「そんなの、絶対に間違ってるッ!」



身を焦がす衝動。

男への怒りで、どうにかなってしまいそう。

気がついたら、目の前の男に対して私は武器を抜いていた。



「っっ、ふっ、うっ、」



憎くて仕方ない。

私の大切で可愛いコクヨウを傷付けようとした行為も、昔を思い出させた事も、全てが憎い。

歯を食いしばり、どろどろとした感情を、自分の中の奥底に押し込める。

蓋をするの。

この私の中にある醜い感情に。



「・・・ありがとう、ございます、ディア様。僕の為に、彼奴らに怒って下さっているんですね?」



私の背中を撫でる、コクヨウの手。

コクヨウの為?



「っっ、違う、私の為でもあるの!」



あちらの世界の私は全てを諦めていたから、自分が何を言われても耐えられた。

我慢、出来たの。

私に対する罵倒も、中傷も、嘲りも。

全てを諦めた私の心には、彼等のどんな言葉も何も響かなかったから。

だから耐えられた。



「・・コクヨウ、私はきっとこの先も自分の手を血に染めるわ。」



私の手はたくさんの敵の血を浴びるだろう。

この世界で得た私の大切な者達を嘲り、奪おうとする存在の血を。

綺麗なままでなんていられない。



「ーー・・ねぇ、コクヨウ、こんな私と一緒に、地獄へ落ちてくれる?」




欲しいのは、1つだけ。

この手の中にある、小さな幸せ。



「えぇ、喜んで、何処までもディア様のお供いたします。地獄でも、どこへでもディア様がいらっしゃるなら僕も一緒に連れて行って下さい。」



嬉しそうにコクヨウが笑った。

本当に幸せそうに。



「ディア様、皆の元へ戻る前に手を綺麗にしましょう。」



コクヨウの生活魔法で血に汚れた手を綺麗にしてもらい、私達は皆んなの元へと向かう。

リリスに念話で敵の事を伝えたから、全員安全な場所に避難しているだろう。



「っっ、あぁ、ディア様、ご無事でッ!」



無事に皆んなと合流した私を見たリリスが涙目で走り寄る。

あの、リリス?

過保護が悪化してない?



「ディア様、お怪我はありませんか?」

「怪我は無いよ、リリス。だから、少し落ち着いて?」



あのまま返り血を浴びたまま合流していたら、リリスは卒倒してたかも。

うん、気を付けないと。



「っっ、あぁ、ディア様が無事で本当に良かった。」



リリスは涙を滲ませる。



「ご無事で良かったです、ディア様。」

「本当に、良かった。」

「「怪我、ダメ。」」



アディライト、ディオン、フィリア、フィリオの順で私の無事を喜ぶ。



「ん、皆んな心配かけて、ごめんね?」



私の顔にも笑みが浮かんだ。

失えない。

この掛け替えのない存在達を。



「・・・あの、ディア様?そちらの、フェンリルは、」



リリスの視線の先。

私の側に寄り添うアスラの姿を捉えている。



「ふふ、この子の名前はアスラって言うの。アスラは私の新しい従魔だよ。」



皆んなに、アスラのお披露目。



「アスラ、アディライト、ディオン、フィリアとフィリオだよ。で、リリスは私の最初の従魔。」

「うむ、ディアの新しい従魔のフェンリル、名はアスラだ。よろしく頼む。」



小さく頭を下げるアスラ。

はう、可愛い。



「アディライトと申します。」

「ディオンです。」

「フィリア。」

「フィリオ。」

「さすがディア様です、まさか、伝説のフェンリルを従魔になされるなんて!」



アディライト、ディオン、フィリアとフィリオがアスラと挨拶を交わす中、リリスだけはうっとりと頬を染めていた。

リリスの私への崇拝は、無くなる事を知らない。



「っっ、なっ、こ、これは、」



目を見開くミュアさん。

アスラの紹介も無事に済み、その後街へと戻った私達はその足で冒険者ギルドへ向かい、集めておいたギルドカードをミュアさんに手渡した反応が、これだ。

そう、私とコクヨウが倒した、あの男達のギルドカードを。



「相手が敵意を持って武器を向けて襲ってきたので、撃退しました。そのギルドカードに彼らの犯罪履歴が残っていると思うので、確認して下さい、ミュアさん。」



こちらが犯罪者にされたらたまらない。

相手から手を出されたから返り討ちにしただけで、こちらに非は一切ないはず。

と、言うのも。



『ディア様、敵が冒険者だった場合、ギルドカードを持っているはずです。』

『ギルドカード?』

『はい、敵を倒してもギルドカードが有ればディア様に非がない証明になるかと。ですから、もしも敵がギルドカードを所持しているようでしたら、集めていただけますか?』



そう、リリスから言われたから。

全員が冒険者だった為、全てコクヨウが集めてくれたものをミュアさんへ提出したって訳。

合計12枚のギルドカードをね。

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