第62話 閑話:代償と末路

ジェイルside




・・何、だよ、これ。

目の前のあまりの惨状に、俺はただ、呆然と立ち竦む。

漂うキツい血臭。

それすらも、今の俺は気にする事はなかった。

理解ができない。



「ーーーっっ、うそ、だろ?」



誰か、嘘だと言ってくれ。

俺は目の前に広がる男の手によって作られる凄惨な光景が信じられなかった。

その場に固まったまま、俺は次々と助けを求めながら倒れ伏していく仲間達を、ただ黙って見ている事しか出来ない。



「ひっ、っっ、」



1人。



「っっ、かっ、はっ、」

「た、助けっーーー」



また1人と、俺以外の者達が血の海に倒れ伏すのに、そう時間がかかる事は無かった。

広がる、血の海。

鼻に纏わりつくのは、嫌な血の匂い。



「貴方が最後ですね。」

「っっ、」



ひたりと合わさるお互いの視線。

気が付いた時には、俺以外の全員がその場に倒れ伏していて、ピクリとも動かない。

全員、絶命しているのだろう。

ーーー・・無表情で佇む、目の前の男の手によって。



「・・・な、んだ、よ、お前ッ!」



声が震える。

こんなはずでは、無かった。

ただ悪である魔族を倒したかっただけなのに、なぜ、こうなった?



「っっ、ひっ、く、来る!!?」



来ないでくれ!!

寄せ集めの仲間の血を吸い込んだ剣を手に迫り来る黒い瞳の男に俺は恐怖する。

こちらに向けられる男からの眼差しは冷徹そのもの。

敵意だけ。



「っっ、くそ、薄汚い魔族の失敗作め!」



瞳は黒いが、髪の色が違う。

なら、目の前の男は魔族では無い半端者・・?

普通の人間のはずないんだ。



「ーーー・・最後に言い残したい事は、それだけですか?」

「っっ、」



それなのに、何だ、半端者のはずの男から感じる、このとてつもない恐怖心は?

がちがちと、歯がなる。



「ひっ、やめ、」



死ぬのか?

俺はここで、この男の手によって。

ゆっくりと俺に迫り来る男は、まさに死を運んでくる死神のようだった。



「貴方は、僕の逆鱗に触れた。」

「っっ、」



死神が俺に一歩、また近付く。

悟る。

これは、自分が招いてしまった末路の結果なんだと。



『・・ジェ・・イル、・・貴方・・が私の・・希望で・・す。』



ひび割れる、母の声。



「ーーー、俺、は、何の為に、」



戦っている?



『この魔族への憎しみは、我が国の全ての民のもの。』



見知らぬ民の為?



『ーー・・貴方が、必ず次代の新たな獣人の王となるのです。』



苦労した母の為だった?

・・・違う。



『下賤の男の子供であるお前を生んだのは、その為なのだから。』



ーーー・・そう、全ては自分の為だった。

自分の生まれた理由、その意味。



「あっ、あ、」



ただ、証明したかった。

この世に母が蔑んだ下賤の男の種である自分が生まれてきた事に、意味はあったのだと。



『私の可愛いジェイル。高貴な我が祖国の血を受け継ぐ貴方が、全ての魔族を討ち亡ぼすのです。私から高貴な血を受け継いだ、ジェイル、貴方が。』



褒められたかったんだ。

母の子として、愛されていたのだと。

そう、思いたかった。



『っっ、なぜ、私がこんな惨めで、こんなにも苦労をしないといけないの!!?』



目の前の真実から目を逸らし、狂い始めた母の関心を必死に得ようとした俺はなんて愚かだったのだろう。



『ーーー・・あぁ、我が祖国の貴き純血の血を受け継いでいないなんて。』



嫌われたくなかった。

本当に心から愛されたかったんです、母上。



「うぁぁぁぁぁ!!」



頭を掻き毟る。

今までの全ては、虚像。



『ジェイル、私の大切な息子。』



自分が見せた願望。

その代償が、今の無様な自分の姿なのだと気が付いてしまった。



「ーー・・気が狂いましたか。」



心底どうでも良さそうに、目の前の男は冷たく呟く。



「あの方の害悪となる存在である貴方を、このまま生かしてはおけません。」

「ひっ、く、来るなッ!」



後ずさる。

背を向けて逃げ出したい。

本能は逃げろと告げているが、この男に背中を見せたらダメなんだと頭の中で大きく警鐘が鳴った。



「・・そうやって怯え、逃げようとした魔族に貴方達は何をしましたか?」

「っっ、」



この時、俺は思い知る。

今、自分の身に起きてる事は他人にしていたものだと。



『ーーーっっ、助けて、」

『やっ、止めて、お願い、』



懇願し涙する魔族を何度、殺し、痛ぶってきただろう?

因果応報。

当然の報いを、今、俺は受けている。



「だっ、だって、そうするしか仕方が無かったんだ!」

「・・仕方が無かった?」

「そ、そうだ、魔族は、この世界にとって滅ぼさなければいけない存在だろう?」



俺の母の祖国を滅ぼした元凶。

倒すべき存在。

・・なぁ、そうだろう?



「全ての魔族が貴方が言う悪なのですか?」

「・・何?」

「貴方が恨む魔族は倒せば良い。しかし、関係ない同じ魔族と言うだけで、貴方達の玩具にならなければいけないのは理解できません。」

「っっ、だって、それは、」



言われたのだ。



『私の可愛いジェイル。高貴な我が祖国の血を受け継ぐ貴方が、全ての魔族を討ち亡ぼすのです。私から高貴な血を受け継いだ、ジェイル、貴方が。』



母に、全ての魔族を討ち滅ぼせと。



「・・言い訳ばかりですか。貴方の意思もなく、勝手な思想で奪われた命が報われませんね。」

「っっ、」



・・あぁ、もう、ダメだ。

何を言っても、しても、俺は助からない。

今まで俺がしてきた様に。



「逃がしませよ?」



その手に持った長剣がこちらへ向けられ、ピタリと俺を捉える。



「っっ、っっ、この化けもーーー」



俺の言葉が途切れる。

最後に俺が見たのは、その手に武器を煌めかせて男に近付く銀色の髪の女の後ろ姿だった。

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