第61話 閑話:コクヨウの怒り

コクヨウside




目の前の男に対してふつふつと湧き上がるのは、激しい怒り。

ーーー・・明確な殺意だった。



『くくっ、魔族の餓鬼は当然奴隷として売り払うとして、あの銀髪の女は俺のものにするか。』



腹の中を這いずり回る怒り。

何よりも大切なディア様を、自分のものにする?

あのディア様を?



『飽きるまで、この俺の側に置いてやる。』



何様なのだ。

目の前の、この男は。



「ーーー・それは、一体、誰の事を言っているのですか?」



言ってみろ?



「っっ、な、なんだ、お前!一体、どこから出て来やがった!?」

「なっ、あの魔族の餓鬼どもの連れの1人じゃねぇか!?」

「間違いねぇ、あの目を見てみろよ!!」

「魔族と同じ、黒い瞳の男だ!」



慌てふためく男達。

しかし、そんな事はどうでも良かった。



「・・・これほどまで、誰かに殺意を覚えたのは初めてですね。」



今まで、誰に対しても何とも思えなかった。

苦痛も、痛みも。

全ての感情とは無縁で、僕は他人に対して何かを感じると言う事がなかった。

心が動かせる人が、僕にはいなかったから。



『初めまして、私の名前はディアよ。よろしくね?』



でも、あの日。

ディア様、大切な貴方に出会う日までは。



『貴方は何も悪くないわ。』



灰色の世界に現れた貴方は、一瞬で僕を照らし出した。

今の僕の生きる理由。



『貴方の瞳の色は、とても綺麗よ。』



この忌むべき瞳も。

両親にも捨てられ、自分が生まれた事がいけないと思っていた僕の心を、貴方は癒し、守ってくれたんだ。

どうして、そんな人を慕わずにいれる?



『ーーーー・・そう、貴方の名前は、今日からコクヨウにしましょう。私が昔住んでいた所で取れた、宝石の名よ。』



大切な貴方に与えれた名。

あの日から僕の何よりの宝物となった。



『大好きよ、私のコクヨウ。』



貴方が与えてくれた名前を呼んで、僕に微笑んでくれれば幸せを感じた。

初めて感じる感情。



『私の可愛い子。貴方の瞳の色に相応しい、ぴったりの名前だわ。』



泣きたくなるほどの幸せを知る。

生まれてきて良かったと。

今までの事は、全てディア様に出会う為にあったんだ。



「ーーー・・あぁ、これが幸せと呼ぶのか。」



この忌み嫌われた黒い瞳も。

両親に愛されず、捨てられた事さえ、こうしてディア様に出会う為のものだった。

なのにーーーー



『くくっ、魔族の餓鬼は当然奴隷として売り払うとして、あの銀髪の女は俺のものにするか。』



目の前のこの男は、自分からディア様を奪おうと考えている。

何よりも大切なディア様の事を。



「あの時ディア様が覚えた怒りは、こう言う事だったのですね。」



ようやく、分かった。

あんなにも激しい、ディア様の怒りと増悪の理由が。



『そんなバカな敵は、私の前から皆んな、いなくなってしまえば良いのに。』



あの時の、ディア様の言葉。

自分からディア様を奪おうとする者は、皆んないなくなれば良いと、同じ様に思った。



「貴方達は害悪だ。」



目の前の不愉快な男や、その仲間達は自分の大切なディア様を奪う、害悪。

早急に排除すべき存在。

ーーー・・自分の倒すべき敵だ。



「ふっ、僕1人で先行して良かったですよ。あの方をお前達のような下衆の視線に晒さなくて済みましたから。」



慌てふためく俺達へ、僕は冷たい目を向ける。

汚物を見るような目で。



「おい、何だ、その生意気な目は?おい、相手は1人なんだ、ヤっちまおうぜ!」



獣人の男が吠える。

その声に、一斉に動き出す周囲の男達。

男達の手には、それぞれの武器がしっかりと握られている。



「ーーー・・武器を向けましたね?」



なら、遠慮はいらない。

まず初めに、僕は後方で詠唱を唱える魔法使いへと迫った。



『良いですか、コクヨウ。自分が複数の敵を相手にする場合には、最初に倒すべきは支援を担当する存在です。そこを最初に崩してしまえば、脅威は減りますよ。』



リリスさんからのスパルタと言う名の地獄のような教えは、この身にしっかりと染み込んでいる。

忠実に、そして1人も生かすことのないよう確実に仕留めなくては。



「ディア様に不埒な目を向け、下衆な考えを持った事を深く後悔しながら、あの世へ逝くが良い。」



強張る魔法使いへ刃を一閃。



「ひっ、っっ、」



噴き出る血。

声も無く、最初に魔法使いの男が事切れる。



「・・・まずは、1人。」



魔法使いが崩れ落ちるのを背に、僕は次の標的である固まる男達へ迫った。

ーーー・・誰1人として、生かしてはおかない。



「っっ、かっ、はっ、」

「た、助けっーーー」



次々と、その場に倒れ伏していく男達。

血の海が広がる。



「ーーーっっ、うそ、だろ?」



最後に残ったのは、自分が何よりも大切な主人を我が物にしようと考えた愚かな獣人の男。

呆然とその場に立つ竦んでいる。



「貴方が最後ですね。」



わざと生かしておいた獣人の男へと、僕はうっすらと微笑んだ。

ーーー・・簡単に終わらせてやらないよ?



「あの方を素晴らしい女性と感じた事だけは褒めましょう。」



武器を手に男へ歩み寄る。



「ですが、あの方を貶めるような発言をした事は許せません。」



あの方は、僕の女神。

ーーー・・ディア様は、今の自分の全てなのだから。

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