第5話 ボクと姉とボブと


3月になった。

父親違いの姉と暮らすことになった。

ボクは姉に、客間の四畳半の部屋を与えた。クローゼットとベッドがあるだけだった小さな部屋に、姉はあらゆる物を放り込んできた。


ヴィレッジヴァンガードの福袋の中身をぶちまけたみたいな部屋や。

ベッドの上に置かれた、スポンジボブのクッションの狂気の目線。


クレーンゲームでとったというポケモンのデカいぬいぐるみ。ピカチュウぎゅうぎゅうさすがにかわいくない。


ボクと父はシンプルな雑貨が好きだったので、無地の生成や綿を好んだ。姉はポリエステルのカサカサした音がする、やかましい。


「ヴィレバンの売れ残り倉庫」


とボクは姉の部屋を称した。


「スポンジボブってどこがかわいいん?」


「ぜんたい的に」


「ぜんたいてきにボクはスポンジボブのどこにも可愛さが見いだせない」


「じゃあ、ピカチュウは?」


姉がピカチュウのぬいぐるみをボクの胸につきつけてきた。ボクもはたき落とす。


「ひどい! ピカチュウが!!」


「みんながみんなピカチュウ好きやという考え方が嫌い」


「じゃあ、浩くんはなんやったら好きなん?」


「ムーミン一家とサウスパーク」


「一家なんや」


「ムーミンはシニカルなのがいい。あざとくかわいくないのもいい。サウスパークは風刺がとがってるの好き。たまにNetflixで見まくってる」


「浩くんはスナフキンみたいやもんな」


「ボクはスナフキンほどややこしい男じゃないです。さ、仕事に戻ろ。ちょっとは片付けてくださいよー」


ボクは廊下に並べられた訳の分からん紙袋をまたいで行く。他人、ではないが、出会ったばかりの人間のものが侵食していくのは嫌や。姉じゃなかったら追い出してる。


ボクは物事はよく考えて決める方やったのに、情にほだされてしまうとは。

家に誰かいれば、突発的に一晩だけの相手を誘いこむボクの悪い癖は治るかな、と思ったけど。


遊ぶのは控えるべき突風が、世界で吹いている。感染症。


ボクはipadでコロナウイルスの状況を確認した。


ボクは賢いので英語翻訳の仕事もしている。飛び交う情報をひっつかんで、ソースを調べあげ、文章にするのは骨が折れる。

コロナで情報を求めるWebニュースからひっきりなしに依頼がくる。


厚生労働省が出した「新型コロナウイルス感染症対策の見解」を読むと、どこか他人事である。

「軽症の若者」ばかりに警鐘鳴らす。


ボクは絶対にコロナに羅漢したくない。

未知のウイルスを甘く見てはいけない。


ボクが異常なほど怖がり過ぎなのか、世間が緩すぎなのか。こればっかりは何が正しいか言いきれるほどボクは傲慢じゃないけど、対策はしっかりすべきや。


一通り仕事を終えて、キッチンへコーヒーを飲みに行くと、姉が料理をしていた。


「あ、ちょうどよかった。はい、お昼ご飯のケチャップごはんですよー」


白い皿に赤いごはんが盛られ、ボクの前に置かれた。


「お昼ご飯は食べない主義なんですけど……」


ケチャップごはん? なにそれ?

具は玉ねぎとコーンとソーセージ。

美味しそうではあるけど、ボクの中にそんなメニューない。


「あかんよーちゃんと食べないと」


カン、と音を立てて姉がスプーンを置く。

黄色い柄の小さいスプーン、スポンジボブと目が合う。


「嫌!」


ボクはスプーンを突き返す。


「ボブ!」


「NO、ボブ!」


「スポンジのように吸い込め! 姉の個性!」


「If you inhale, you will die!!」


吸い込んだら死ぬ。


「な、なん、、、なんて?」


「Not a child! No! Spongebob!!!」


スポンジボブのスプーンでごはん食べられへん、ボクが汚れてしまう。


「あ、、、アイ・アム・ラブ!!!

ボブ!!!」


姉の絶叫。

必死の抵抗、少ない英語力で反抗。


ふっ、とボクは笑ってしまった。


「笑てしもたな、キミの負けです弟くん。

はい、スポンジボブ。そしてケチャップごはん作りすぎたので、晩ご飯はオムライス」


最悪や。

ボクはやけくそでケチャップごはんをスポンジボブの小さすぎるスプーンで食べた。

久しぶりに人と怒鳴りあって、お腹すいたのだ。


夜のオムライスには、


「BOBU」


と書かれていた。


Uはいらんねん。



つづく

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