第4話 姉ですけど叱られる
白いヒラヒラしたブラウスに、ピンク色のジャンバースカート。頼りなく伸びた、少ない髪は肩でカールしている。
幼いうちの写真は、どれもお人形さんみたいな服を着せられている。そして我ながらはにかんだ笑顔はかわいい。
祖母と写っているうちは、ショートカットで服も簡素になっていた。
育てている者が変わった証拠やとうちは気づいた。3歳以降、つまり両親が離婚したあとのうちは、写真の中であまり笑っていない。
祖母は母親の悪いところばかり言った。
妊娠中にタバコを吸っていたとか、うちを連れて友達の家に泊まり込み帰らなかったとか。
父親は母親の写真はどこにいったか知らないという。
どう考えても不自然やん。
母と子、2人が写ってる写真がないなんて。
うちはお母さんの顔が知りたかった。
うちを産んだ人がどんな顔をしているのか。
浩くんが渡してくれた、アルバム。
ひらひらのブラウスに、ピンクのジャンバースカートを着たうちが、お母さんに抱っこされている。
どっちも笑顔。2つの笑顔が重なってる。
よかった、一緒にいて、こうやって幸せな愛された時代があった。
うちは号泣した。
背中をなでてくれる浩くんの手が、優しかった。
※
目覚める。
え、ここどこ、ええとこの家やな。
記憶が混濁したままうちは起き上がり、スマホを手に取る。朝の九時。
リビングには誰もいない。
テーブルのミネラルウォーターを持ち上げて、飲みながら昨夜のことを思い出しひとりごちする。
顔を洗い、入念に手を洗って、うちはキッチンに立った。冷蔵庫を開ける。
「なんもないやん!」
ミネラルウォーターとビール、豆乳、ビタミンドリンクしかない。あと化粧品とか入ってる。あとはサプリメント。
なんやあの子は、モデルか。
トースターの横のカゴに、どかっとフランス
パンが刺さっているのを見つけた。
触ってみる。カチカチやん。これ食べたら歯が折れそうや。
うちは浩くんに買い物行ってくるとLINEして、Yahooマップで近くのスーパーを探した。さすが高級住宅地、高級スーパーしかないやん。
なんかこのバター、めっちゃ高いやん。
え、見たことない卵ある。
財布と相談し、高級オーラに圧倒されながら、うちはなんとか買い物を終えた。
両手に買い物袋を持って、浩くん家に帰ってくる。持ち出した鍵を靴箱の上に置く。
家の中はしん、、、としている。
浩くんはまだ起きてないみたい。
昨日の言葉は、嘘じゃないやんな?
「よっこいしょ」
うちは食材を冷蔵庫に詰めて、腕まくりをする。カチカチの食パンを力を込めて切り、豆乳と卵を混ぜた液に浸す。その間にトマトとレタスのサラダを作った。
広いキッチンで、木肌がつややかな食器棚にはセンスの良い和風の食器、高そうなティーカップセットが並んでいる。
高そうな食器になんとか触らないようにして、ガラスのボウルと白い皿を出す。
バターをたっぷりフライパンで溶かして、ヒタヒタになって柔らかくなったパンを並べる。
ええ匂いや。
上手く焼けたで、浩くんもうちの料理の腕前に感心するやろな、えっへん。
やたらデカいコーヒーメーカーのスイッチを入れて、うちは階段を登る。
「浩くん! 朝ごはんできたよ!」
叫ぶと、ガチャっとドアが開いた。
浩くんがドアから不機嫌そうな顔を出した。
「ごはんですよー」
手招きをすると、白シャツにコバルトブルーのカーディガンを着た浩くんが出てきた。
「大きな声を出さないでください。朝ごはん、まぁ助かりますけど……もう10時なんですけど」
「昼ごはんと朝ごはんの間やな。せっかく作ってんから食べてよ。ね、プロポーズしてくれたやん」
「え?」
浩くんはうなじをなでながら、数秒置いて。
「はあ!?」
と大きな声を出した。
「一緒に住んでもええよって、言うてくれたやん」
浩くんは絶句して、大きなため息をついて、ボクは何してねんアホか、と早口でつぶやく。
「さ、コーヒー冷めるし、おいでよ」
浩くんは渋々といった顔で着いてきた。
食卓を見ると眉間を寄せていた表情が柔らかくなり、うなじから手を下ろした。
うちはお腹がぺこぺこだったので、さっさと座ってフレンチトーストを食べる。
「うん、おいしくできた!」
うちの様子を見て、浩くんが席に着く。
浩くんは、いただきます、とフォークを手にする。うちはお上品に小さくナイフでカットしたフレンチトーストを浩、くんが食べるのを見つめた。
「……なかなか美味しいです。あの、このフランスパンはどこの……」
浩くんが顔を上げ、トースターの横にあったカゴ見ると目を丸くして、
「フランスパン……」
と呟いた。
「ボクのフランスパン……フレンチトーストにしちゃったんですか? あれ人気店の高いやつなんですよ」
「うん、だってカチカチやったで。カチカチのフランスパンは、フレンチトーストにするやん。美味しいやん?」
「違う! カチカチがいいのに!」
浩くん、いきなり大きい声を出す。
「フランスパンはね、カチカチに育てるんです! ガッチガチのフランスパンが好きやのに、せっかくいい感じになってたのに! いいフランスパンこそカッチカチが美味しいねん! そこにパン職人の腕前をボクは感じたいの! いきなり何してくれてんねん!」
浩くん、めっちゃキレてるやん。
「そ、それは知らんかった、ごめん。じゃ、これ下げる」
うちはムッとして言う。
「食べますよ! 作ってくれたし! これはこれで美味しいです……でも、ボクはカチカチのフランスパンが好きなの! 歯ごたえがあるほうがええに決まってるやん! 柔らかいイコール美味しいって決めつけんな!」
キレながらモグモグ浩くんはフレンチトーストを食べる。
「変わってるな………あんな固くなったフランスパン食べたら歯が折れるよ」
「それはあなたの老化現象でしょう。ボクは若いもん」
嫌味を言いながら、浩くんはきれいに朝食兼昼食を食べてくれた。
なかなか難儀な子やな。
「まぁ、1度言ったことですし。最近、ボクも乱れた生活してましたし……こうやって人と暮らすのも悪くないかな。まぁでも、でも、ですよ! 勝手なことはしやんといて、確認とって」
コーヒーを飲みながら浩くんはまくしたてた。
「はい。すみませんでした」
そう頭を下げて、ちょっと笑ってしまう。
フランスパン1つでこんなに言ってくるなんて、距離が近づいたなって。
「仕事してくるんで、静かにしてくださいよー」
「はーい」
こうして、父親違いの姉と弟の生活は始まった。
つづく
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