第4話 姉ですけど叱られる

白いヒラヒラしたブラウスに、ピンク色のジャンバースカート。頼りなく伸びた、少ない髪は肩でカールしている。

幼いうちの写真は、どれもお人形さんみたいな服を着せられている。そして我ながらはにかんだ笑顔はかわいい。


祖母と写っているうちは、ショートカットで服も簡素になっていた。


育てている者が変わった証拠やとうちは気づいた。3歳以降、つまり両親が離婚したあとのうちは、写真の中であまり笑っていない。


祖母は母親の悪いところばかり言った。

妊娠中にタバコを吸っていたとか、うちを連れて友達の家に泊まり込み帰らなかったとか。


父親は母親の写真はどこにいったか知らないという。


どう考えても不自然やん。

母と子、2人が写ってる写真がないなんて。


うちはお母さんの顔が知りたかった。

うちを産んだ人がどんな顔をしているのか。


浩くんが渡してくれた、アルバム。

ひらひらのブラウスに、ピンクのジャンバースカートを着たうちが、お母さんに抱っこされている。


どっちも笑顔。2つの笑顔が重なってる。


よかった、一緒にいて、こうやって幸せな愛された時代があった。


うちは号泣した。

背中をなでてくれる浩くんの手が、優しかった。




目覚める。


え、ここどこ、ええとこの家やな。

記憶が混濁したままうちは起き上がり、スマホを手に取る。朝の九時。


リビングには誰もいない。

テーブルのミネラルウォーターを持ち上げて、飲みながら昨夜のことを思い出しひとりごちする。


顔を洗い、入念に手を洗って、うちはキッチンに立った。冷蔵庫を開ける。


「なんもないやん!」


ミネラルウォーターとビール、豆乳、ビタミンドリンクしかない。あと化粧品とか入ってる。あとはサプリメント。

なんやあの子は、モデルか。


トースターの横のカゴに、どかっとフランス

パンが刺さっているのを見つけた。

触ってみる。カチカチやん。これ食べたら歯が折れそうや。


うちは浩くんに買い物行ってくるとLINEして、Yahooマップで近くのスーパーを探した。さすが高級住宅地、高級スーパーしかないやん。


なんかこのバター、めっちゃ高いやん。

え、見たことない卵ある。

財布と相談し、高級オーラに圧倒されながら、うちはなんとか買い物を終えた。


両手に買い物袋を持って、浩くん家に帰ってくる。持ち出した鍵を靴箱の上に置く。

家の中はしん、、、としている。


浩くんはまだ起きてないみたい。


昨日の言葉は、嘘じゃないやんな?


「よっこいしょ」


うちは食材を冷蔵庫に詰めて、腕まくりをする。カチカチの食パンを力を込めて切り、豆乳と卵を混ぜた液に浸す。その間にトマトとレタスのサラダを作った。


広いキッチンで、木肌がつややかな食器棚にはセンスの良い和風の食器、高そうなティーカップセットが並んでいる。


高そうな食器になんとか触らないようにして、ガラスのボウルと白い皿を出す。


バターをたっぷりフライパンで溶かして、ヒタヒタになって柔らかくなったパンを並べる。


ええ匂いや。

上手く焼けたで、浩くんもうちの料理の腕前に感心するやろな、えっへん。


やたらデカいコーヒーメーカーのスイッチを入れて、うちは階段を登る。


「浩くん! 朝ごはんできたよ!」


叫ぶと、ガチャっとドアが開いた。

浩くんがドアから不機嫌そうな顔を出した。


「ごはんですよー」


手招きをすると、白シャツにコバルトブルーのカーディガンを着た浩くんが出てきた。


「大きな声を出さないでください。朝ごはん、まぁ助かりますけど……もう10時なんですけど」


「昼ごはんと朝ごはんの間やな。せっかく作ってんから食べてよ。ね、プロポーズしてくれたやん」


「え?」


浩くんはうなじをなでながら、数秒置いて。


「はあ!?」


と大きな声を出した。


「一緒に住んでもええよって、言うてくれたやん」


浩くんは絶句して、大きなため息をついて、ボクは何してねんアホか、と早口でつぶやく。


「さ、コーヒー冷めるし、おいでよ」


浩くんは渋々といった顔で着いてきた。

食卓を見ると眉間を寄せていた表情が柔らかくなり、うなじから手を下ろした。


うちはお腹がぺこぺこだったので、さっさと座ってフレンチトーストを食べる。


「うん、おいしくできた!」


うちの様子を見て、浩くんが席に着く。

浩くんは、いただきます、とフォークを手にする。うちはお上品に小さくナイフでカットしたフレンチトーストを浩、くんが食べるのを見つめた。


「……なかなか美味しいです。あの、このフランスパンはどこの……」


浩くんが顔を上げ、トースターの横にあったカゴ見ると目を丸くして、

「フランスパン……」

と呟いた。


「ボクのフランスパン……フレンチトーストにしちゃったんですか? あれ人気店の高いやつなんですよ」


「うん、だってカチカチやったで。カチカチのフランスパンは、フレンチトーストにするやん。美味しいやん?」


「違う! カチカチがいいのに!」


浩くん、いきなり大きい声を出す。


「フランスパンはね、カチカチに育てるんです! ガッチガチのフランスパンが好きやのに、せっかくいい感じになってたのに! いいフランスパンこそカッチカチが美味しいねん! そこにパン職人の腕前をボクは感じたいの! いきなり何してくれてんねん!」


浩くん、めっちゃキレてるやん。


「そ、それは知らんかった、ごめん。じゃ、これ下げる」


うちはムッとして言う。


「食べますよ! 作ってくれたし! これはこれで美味しいです……でも、ボクはカチカチのフランスパンが好きなの! 歯ごたえがあるほうがええに決まってるやん! 柔らかいイコール美味しいって決めつけんな!」


キレながらモグモグ浩くんはフレンチトーストを食べる。


「変わってるな………あんな固くなったフランスパン食べたら歯が折れるよ」


「それはあなたの老化現象でしょう。ボクは若いもん」


嫌味を言いながら、浩くんはきれいに朝食兼昼食を食べてくれた。

なかなか難儀な子やな。


「まぁ、1度言ったことですし。最近、ボクも乱れた生活してましたし……こうやって人と暮らすのも悪くないかな。まぁでも、でも、ですよ! 勝手なことはしやんといて、確認とって」


コーヒーを飲みながら浩くんはまくしたてた。


「はい。すみませんでした」


そう頭を下げて、ちょっと笑ってしまう。

フランスパン1つでこんなに言ってくるなんて、距離が近づいたなって。


「仕事してくるんで、静かにしてくださいよー」


「はーい」


こうして、父親違いの姉と弟の生活は始まった。



つづく

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