第41話 【2052_1107】零地点の光

 暗い夜の倉庫埠頭そうこふとう。ターミナルゲートの前に、1台の薄汚れたバンがやってきた。


 運転席から男が顔を出して、係員にゲートを開けるよう指示をする。

 彼が黙ってゲートを開ける間、男は携帯電話を取り出して、どこかへ連絡を入れた。すぐに相手からも返答が来る。



「後はつけられてないんだな?」


「当たり前だ。ちゃんとの通り、安全な道を通ってきたぜ」


「……それで、女はちゃんと名乗ったか?」


「もちろん。『やまのめい』だとよ。『記憶迷路きおくめいろ』の中でも自分の名前だけは言えるようだ、大した技術だよ」

 


 男がやり取りしている間にゲートが開いた。

 広い駐車場を抜け、コンテナが積み上げられた区画をゆっくりと進んでいく。最も海岸側にある古い倉庫に近づくと、スピーカーモードにした電話から再び連絡が入った。



「二階の仮眠室にでも入れておけ、だそうだ。後で直接確かめるってよ」



 「へい」と気だるそうに運転手は答える。


 まだ表にはコンテナ船に運びきれていない積荷がいくつもあった。どれも長い間、赤金市あかがねしにあった荷物だ。

 無論、彼はその中身を知らない。いま後ろで寝ている女性の正体も、何も聞かされていなかった。


 ただ彼の「記憶」が「そうせよ」と呼びかけていた。まるで、安らかに眠っている自分の娘を自宅まで丁寧に運ぶように、男はなんの疑いもなく車を走らせていく。


 後部座席には、首元にチョーカーのような見知らぬデバイスを着けられた1人の女性が横たわっている。


 だが、その目は虚ろで瞳のハイライトは完全に消滅し、生気が感じられなかった。そして、かつてあったような光は、もう見えていなかった。



 * * *



「……ヒットした! 声紋検索で裏を取りながら、発信地を絞り込め」



 総合オペレーションルームの正面には、ある男性の通話履歴と発信位置が表示される。ジョルジュの指示に従って、職員達が次々とデータの解析を進めていく。


 次第に、航空写真地図は詳細な位置に拡大していった。



 ――ノース・インダストリアル 北部臨港倉庫埠頭ほくぶりんこうそうこふとう



 まだこの島が「令和島れいわじま」として誕生する前からある、古い倉庫区画だった。機能や運搬設備は健在ではあるが、どこの企業も使用履歴がないようだ。


 しかし、埠頭ふとうには何台か内航向けの小型コンテナ船も確認できた。トラックから積荷を船へ運ぶ、コンテナヤードも稼働中と見える。

 

 それだけ確認すると、香椎は駆け足でオペレーションルームの出口に向かう。



「警察にも応援を要請して。装備はセカンドラインで対サイボーグ武器も。私たちも行くわよ」


「……サクヤも来い。念の為だが、山野の記憶が心配だ。出てくる時に持ってきておいた『データ』をいつでも取り出せるようにしておけ」


 

 サクヤの従順な声が聞こえる前に、静間もオペレーションルームを飛び出していた。


 走りながら、静間の思考は「万が一」を想定し始めていた。


 今の状況で考えられる最悪のシナリオ……。


 、どちらか一方しか救えない時が来る可能性は、0ではないだろう。

 

 その時、私は……。

 

 4年前の記憶が思考を邪魔する。静間は走る速度を緩めずに、この事態を収束させる何パターンもの手段を考えていた。


 そして、それが水疱と化すようなことになっても、すべてを受け入れる覚悟を密かに決め始めていた。

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