第26話 【2052_1107】機械仕掛けの密林
「了解っす、アサナさん! もう階段を降りました!」
無機質なコンクリート通路をしばらく進んでいると、三崎たちは香椎が残した2つ目の枝に到着した。
左手には『開放厳禁』のプレートが貼られたぶ厚い扉が、乱暴に開けられたままだった。恐らく、この先に香椎は向かったのだろう。そして、反対側にはまだ薄暗い通路が続いている。
頭の片隅に追いやっていた香椎の顔が、一瞬よぎる。それを見透かしたかのように、ジョルジュの声がインカムから響いてきた。
「安心しろ、香椎は俺が見てる。今は自分のことに集中するんだ」
「……はい! わかったっす! 行こ、芽衣ちゃん!」
敢然と返事をすると、2人は香椎とは違う方向へと進んでいった。
まばらだった蛍光灯が等間隔に並んでいることに気づく。仄暗い地下にも明るさが宿り始めていた。
どこかに倉庫でもあるのか、搬送ロボット制御用の正方形認識コードも地面に引かれている。壁には、現在地を示すような『N10』『N11』……と、いくつかのナンバープレートも見え始めてきた。
すると、三崎たちは広い丁字路へ出た。正面の壁には、左に『搬入倉庫』、右に『換気用空調システム室』とある。悩む間もなく、三崎はジョルジュに答えを求めた。
「どっちっすか!」
「『光海月』の作業管理システムをちょっと拝借させてもらって……左だ。倉庫内の監視カメラ映像で、男が確認できた。だが、床下の重量検知板の反応がやけに重い。他にも誰かいるようだ」
「静間さんとサクヤさんっすか?」
「わからん。2人と思わしき姿は、映像には確認できなかった」
「了解っす!」
三崎は、すぐさま山野にも行き先を告げ、左の通路を指差す。
静間が見当たらないと話すと、山野は「そっか」と少し物憂げな顔をしていた。けれども、まだこの先にいないと決まったわけではない。「行こう」と一声かけると、三崎は山野の手を引いて進んでいった。
程なくして、右側に巨大なガラス張りの窓が現れてきた。
奥には、搬入倉庫が見下ろせる。高い天井の下に、綺麗に色分けされて区切られた棚が、無数に並んでいた。すぐそこの扉から、階段で下に降りられるようだ。
三崎は、山野を通路に待機させると、ゆっくりと扉を開けて、階段の踊り場へと出る。そこから、倉庫内を軽く見渡してみた。
大小さまざまな棚には、荷がきっちりと収められている。
そして、その間を規則正しく移動する、運搬用ロボットの姿が見えた。平べったい楕円形のボディを棚の下に滑り込ませて、そのまま棚を持ち上げると、配送スペースに移動している。
配送スペースでは、アーム型配送ロボットが、エレベーターに荷を載せているのも見えた。積荷のパッケージ説明や倉庫の様子を見るに、どうやらここはパーキングエリア内の各商業店舗の備蓄や物資配送を行っているようだった。
人影がいないことを確認すると、山野に指示をする。
「中に仲間がいるかもしれないから、芽衣ちゃんは降りずに上で待ってて」
「わかった……。あの、もし静間さんがいたら」
「……大丈夫。必ず連れてくるね」
そっと山野の肩に手を置いて、三崎は思う。
ここまで来る間もずっと不安だったのだろう。突然行ってしまった大切な人はどうしているのか……彼女の瞳が、そう言いたそうに潤んでいた。
三崎は、微笑んでから大きく頷くと、階段を降りていった。
荷棚の合間を縫うように、奥の配送スペースに向かって進む。そして、腰に携帯していた伸縮性スタンロッドを取り出した。
通常の警棒のような外見だが、それより一回りほど長く、握り手はずっと強固にできていた。刃の先は二又に分かれて、その内側に電極が見える。あくまで暴徒鎮圧用ではあるが、それでも今の三崎にとっては、最も有効な武器であった。
(これじゃあ……銃を構えてても、咄嗟に向けられなさそうだ)
高くそびえ立つ積荷、地を這う運搬用ロボット……まるでここは機械仕掛けの密林だ。
中央の広い通路以外は、満足に身体も動かせそうにない。小柄な三崎ならばどうということはないが、成人男性であれば、身の取り回しがかなりキツい狭さだろう。
もし自分に迫る人間がいれば、この狭い空間を進んでこなくてはいけない。空中を歩きでもしない限り、相手は必ず三崎の視覚と聴覚の範囲だ。それは、同時に彼女の間合いになる。
三崎にとっては、拳銃よりも使い慣れたロッドの方が都合が良いと判断していた。
足元のロボットを避けながら、三崎は注意深く奥へと進む。彼らの稼働音にも、一定のリズムがあるように思えてきた。
発進、停止、棚の装着、そして運搬……。それらは却って、三崎の神経を研ぎ澄ましていく。
しかし、そんな決まりきったリズムの中にも、三崎は違和感を覚えた。左奥の棚の裏から物音が聞こえてくる。これまで聞いたモーター駆動音とは違う、金切り声のような音だ。
三崎は小声でジョルジュに尋ねる。
「……あの奥、見えないっすか?」
「すまん、この倉庫内の監視カメラだと死角になっちまう。棚の上までなら……」
唇は「了解っす」と動いていたが、既に意識は音に向けられている。スタンロッドのグリップを握りしめ、ゆっくりと近づく……。
そして三崎は、発信源へと飛び出した。
「――なっ!?」
そこには、気絶した男が転がっていた。
身体、は乱雑に崩れた段ボールの上に横たわっている。すぐ上にある空の棚から落ちた物なのは、容易に想像できた。
そして、移動ルートを塞がれた運搬用ロボットが、軌道修正できぬまま、無情に彼に機体をぶつけていた。どうやら空回りした車輪と、過熱したモーター音が正体だったようだ。
「……ここに登って落ちた? でもなんでここに上がる必要が」
三崎は男の近くにかがむと、周囲の状況を確認する。
確かに、追いかけていた男の片割れだったが、その顔は恐怖で引きつっていた。何かに怯えて、そのまま気を失ったのだろうか。
――いや
上着のあちこちが裂けている。逃走中に引っかかって破けたものではない、何か鋭利な刃物で切られたかのようにスッパリと裂けていた。まだ、息はあるようだ。
「……なんでこんな」
立ち上がって、辺りを見渡す。男の反対側に回ろうと、段ボールの山に足をかけた瞬間――
「上にいるぞ!!」
「キィィヤアァァ!!」
「……!!」
頭上から何かが落ちてくる!
目でその正体を捉える間もなく、三崎の身体は、後ろへ大きく跳ねていた。
――ドコォオン!
アスファルトの地面が、大きくひび割れて歪む。
三崎の足元までひびは及ばなかったが、かなりの衝撃だったことが感覚で伝わってきた。落下物は、拳を地面から引き抜くと、舌を出して誘うかのように笑っていた。
「ヒッヒッ……。なかなか良い反応じゃのう。どうやら、こっちが当たりか……。馬鹿な使いっぱしりのせいで、ひやひやしたが……これで獅童にも怒鳴られなくて済みそうだわい」
現れた女性は「これぞ
2人の間に緊張が走る。
周囲の輸送ロボットだけが、忙しなく地面を這っていた。
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