第44話 【2052_1107】贖罪の炎

「……竹村だ。あぁ、そうだ! 警察に応援要請があったらしい、ノース・インダストリアルの倉庫埠頭そうこふとうに向かってくれ。男の方は直した義腕に仕込んである。女だけでいい、手段は問わん!」



 竹村顧問は、焦った様子で電話口に怒鳴る。相手から返事をする最初の言葉が聞こえてきた気がしたが、ピシャリと受話器を置いた。


 窓の外には、暗闇の中でも煌々こうこうと輝く「令和島」の街々が見える。


 竹村顧問は重い肩の荷が降りたように、ぐったりと椅子にもたれる。そして、天井を見上げると、深く長いため息をついた。





 * * *





 香椎が隠れているコンテナの角に、また火花が散る。他の部隊からの応援も来ていたが、船の入り口につながる道路はまだ制圧できていなかった。



「見た目は雑なのに、銃撃戦のは知ってるようね」



 自動小銃の弾倉を入れ替えながら、思わず声が漏れる。それを聞いていたのか、耳元からジョルジュが返答した。



「コンテナに書いてあったIDが特定できた。いくつかのペーパーカンパニーを通していたが、中身は紛れもなく『ココノエ社製のメモリア』だ。奴ら、どっかの傭兵部隊の『メモリア』を再生して、銃撃戦を習得してたんだろう」



 確かにその言葉通り、彼らの抵抗はまだ続いていた。


 海岸近くのクレーンやトラックを盾にして、無駄のない弾幕を展開してくる。その辺りのチンピラ同然の外見だったが、それでも素人相手に立ち回るのとは勝手が違った。

 

 だが、さすがに練度が違う。1人、また1人と銃を持つ男達は倒れていき、次第に制圧され始めていた。最後の1人を、香椎の撃った弾が貫く。男は微かなうめき声を上げると、そのまま地面に倒れ込んだ。


 すぐさま香椎は周囲に合図をして、周りの隊員と共にコンテナ船に駆け寄る。


 まだ停泊中の船は、木製の足場で港と繋がれていた。その位置を確認すると、香椎は銃を構えたまま、向かっていく。


 しかし、それよりも早く足場へ駆けるものがいた。

 隣に積んであったコンテナの影から飛び出してくる男――



「ちょっと! あなた何して……」



 突然目の前に現れた静間は、香椎の声など聞こえなかったように道路を横切る。


 そして、脇目もふらずに一直線にコンテナ船へ入っていった。勝手な行動に思わず舌打ちしてしまいそうになる。

 

 だが、同時に香椎の頭上から響く声があった。



「おォ! この間は世話になったな!」



 パッと上を向くと、コンテナ船の甲板から飛び降りてくる姿が見えた。瞬時に、香椎の頭は回避せよと判断する。



 ――ドォン!!



 走る軌道を変え、横に飛んでいて正解だった。


 そのまま進んでいたら、数秒後にはあそこで自分が踏み潰されていただろう。土煙が晴れると、着地地点から男の姿が露わになる。

 

 そこには獅童が立っていた。アーミーコートを乱雑に脱ぎ捨てると、タンクトップから真新しい右腕が見えた。肩を大きく回して、何やら腕の調子を確かめている。



「……チッ! どうしてこう、いつも邪魔が入るのかしらね」


「ヘヘッ、予定変更だァ……。まさかまたお前と会えるとはなァ!!」



 次から次へと現れる障害に、いよいよ香椎も堪えきれず、本当に舌打ちしてしまった。

 一方の獅童は、再び宿敵にまみえた喜びを全身で感じていた。体をほぐすように、柔軟運動を行っているが、その顔には、余裕とも興奮とも思える笑みが浮かんでいた。



「今は相手にしてる暇はないの。このまま黙って帰れば、後で捕まえてあげるから大人しくしてて」


「ケッ! ムカつく女だぜ!」



 そう吐き捨てると、獅童は近くにあったクレーンの枠組み部分へ飛び上がる。


 彼の着地と同時に、クレーンが鈍い音を上げた。そのままクレーンの骨格を伝って3段ほどジャンプすると、最上段の操縦席部分まで昇っていく。


 ……高さにして30mほどの位置だろうか。漆黒の夜空にまぎれて、地上からでは彼の姿はよく見えなかった。



「なにを……」



 言い終わらないうちに、脳裏に嫌な予感が走る。当たって欲しい訳ではないが、香椎は大きく目を見開いて、彼の進行方向を確かめていた。


 獅童が飛び上がったクレーンの先には……まだ運搬中だったコンテナがぶら下がっている。そして、彼はその上を悠々と闊歩していた。



 ――まさか



「……ッ! 下がって!!」



 周りにいる隊員達に大きく叫ぶと、自らもクレーンから遠ざかるように走り出す。 だが、既に獅童の右腕は、コンテナを掴んでいたクレーンアームへ振り下ろされていた。


 クレーンアームから悲鳴のような金属音が聞こえてくる。


 しかし、それを目視で確認している時間など無い。その音に続いて、今度は重く「ギギギ」と金属がこすり合うような声が、背中にぶつかってきた。そしてコンテナは……。


 間髪おかずに接合部分を外れて、真っ逆さまに地面に向かってきていた。


 そのわずか数秒後。



 ――ドガシャアアン!!



 耳をつんざくような轟音と、凄まじい衝撃が地面に走る。


 地に直撃したコンテナは、衝撃に負けて無惨にひしゃげる。まるで意思を持った生き物のように転がり回り、下で待っていた何台ものトラックや他のコンテナを次々となぎ倒していった。


 そして爆発。

 なぎ倒されたトラック同士が、自分達の境界線を融合し1つの劫火ごうかとなって消えていく。巻き込まれた積荷から、また炎が上がる。1つの衝突が、無数の暴力的なエネルギーを生み出していった。


 逃げ遅れてた何人かの隊員も、コンテナに巻き込まれていく。

 しかし、彼らの小さな悲鳴など、何百倍もあるコンテナが地を這う声に比べたら、もはや聞こえる隙などなかった。


 破壊、崩壊、大炎上……。


 地獄のような光景が広がる。この暗闇の戦場は、たった1人のサイボーグの一振りで大きく戦局を変えた。いや、「終局」させられた。



「ハーハッハッハ!! こりゃいいぜェ! 始めからこのパワーにしてもらってりゃァ良かったんだ! ハハハハハァッ!!」



 地表の混乱を見下ろしながら、獅童は興奮で震えた身体を抑えることもなく、高笑いする。手に入れた能力とそれがもたらした結果に満たされ、心の底から歓喜の声をありったけ叫んでいた。


 彼は「まだまだこんなもんじゃねェ」と、興奮冷めやらぬ様子で、クレーンから飛び降りた。


 数秒後、再び地面に衝撃が走る。アスファルトは砕け、周囲には無数のひびが入った。獅童は体勢を崩すことなく、しっかりと地面に足をつけて着地していた。



「……へへっ、さァ。あのクソ生意気な女と遊んでやるか」



 地上の惨劇を楽しそうに見渡してから、獅童は歩き始める。


 数トンもの重量がありながら、乱雑に散らばるコンテナ……そこから飛び出した大量の「メモリア」……炎をあげて大破したトラック……力なく転がり苦痛に悶えている隊員達……。


 そのすべてが、今の獅童を充実させる。


 どこを見ても、自分の力の爪痕が残っている。こんなに満ち足りる瞬間は、今までなかった。彼の興奮は、この地面に広がる惨状そのものだ。あちこちで上がっているほのおの渦が、さらにそれを煽る。



「このまま死んでもらっちゃァ困るなァ……」



 ニタニタと軽薄な笑いを上げながら、香椎を求める。


 この混乱の中でもあいつなら……。獅童の直感がそう告げていた。

 幾度も死線を越えてきた男の本能が、そう言うのだ。獣のような唸り声を上げながら、あの女の匂いを探す。必ずどこかにいるはずだ。


 だが、どこにも見つからない。


 しばらく辺りを歩いてみたが、すら見つけられなかった。沸々と彼の中に、別の感情が湧いてくる。



 ――つまらねェ……ツマラネェ……つまらねえ!! 



 怒りに任せて地面を砕く。周囲に響いた耳障りな亀裂音が、また獅童をイラつかせた。


 なぜここまで探しても、あいつはいない! 死んだのか……いや! そんなのは許せねえ! 俺は、そんな弱いやつに負けたんじゃねえ!


 いくつもの不満や憎悪が、身体を支配する。


 だが、それでいい。獅童は、本来そういう男だからだ。彼の原動力は、愉悦でも怒りでもない。この世界に対する「不満」と「憎悪」の爆発こそが、彼の原動力なのだ。

 

 だから、彼は布瀬についていった。彼女の思想は、自分の血潮を流れるものに、どこか似ていたからだ。そして今、獅童はその「不満」と「憎悪」を自分よりも強い者香椎アサナへぶつけていた。


 バラバラに散らばった「メモリア」を踏みつけながら、形なく散らばっているコンテナの残骸を背にして、獅童は吠えた。



「おいィ!! まだ生きてるんだろ!! ……どこ行きやがっ、たァッあ?!」



 言い終わらないうちに、不意に右脚へ1つの衝撃が走っていた。


 「ズバッァン!」と身体を支えているふとももが裂けて、中の機械部分が露出する。もうこの大きさの傷口では、自動修復できない!


 思わず傷口を見る。弾痕のような焦げ付いた穴が、そこにはあった。状況を考える間もなく……左脚にも同じ穴が増えた。



「ガあああァ……!! くそぉ! どこだ!」



 両足にまとわりつく激痛に悶えながら、獅童は膝をついて地面に座り込む。急いで痛覚機関を切って力を入れてみたが、もう立ち上がる機能は失われていた。半壊した脚は、少しも稼働音を上げず、だらしなく下半身に着いているだけだった。



「……もっと鍛えるところがあるのよ」



 混乱している獅童に、声が届く。本能的に声の方へ顔を向けた。そこは……。



 ――瓦礫の隙間



 獅童が意識を払っていなかった、地面にできたわずかな空間。


 轟々と燃え盛る炎を背にして、そこから起き上がる姿……



 香椎アサナは、生きていた。


 縛っていた黒髪は紐が切れてしまい、乱れて広がっている。額には血が滲んでいて、左目は負傷していた。

 そして腕には……獅童の両脚を貫いた1丁の対サイボーグ用スナイパーライフルを抱えていた。



「くそッォ! お……お前……っ!……くそぉ……なんで……っ……」


「……自分の力を自分のためにしか使えないようじゃ、私には追いつけない」



 まだ熱い砲身を杖にして片足を引きずりながら、香椎は力なく獅童に言葉を掛ける。顔は苦痛に歪んでいたが、それでも獅童に対する慈悲のような、悲しい憂いを帯びていた。

 そして、彼を拘束するため、ゆっくりと近づいてくる。


 獅童は……完全に敗北した。


 油断したとか、火力が違ったとか、香椎の運が良かったとか、様々な要因があったのかもしれない。

 だが、もう彼は考えるのをやめていた。抵抗する気力は消え失せ、腕はがっくりと下ろされている。失意の底に立っている彼は、口をだらしなく開いたまま、暗い天を見つめていた。もう一言も話せなかった。


 香椎は、腰からサイボーグ拘束用の電子首輪を取り出す。が、獅童の身体から、等間隔で響く微かな電子音が、耳に入ってきた。



 ――ピッ、ピッ、ピッ



 ……聞き間違いではない。周囲を確認しても、音が鳴るような物は見当たらなかった。念の為に、もう一度、獅童の身体を確かめる。


 ……右腕だ。


 力の限り振るったせいか、二の腕には痛々しい亀裂が走っていた。そして、その裂け目の中の機械部品に、赤く光るランプが見える。点滅と同時に音が鳴ってるが、徐々にその間隔は短くなっていき……



「チッ……――



 その直後。


 獅童の身体は、右腕ごと爆発した。


 彼がいた地面は爆風でえぐれ、コンテナ船にも大きな振動が伝わる。

 鋼鉄の船体を「ゴォン」と横に薙いだ圧力は、そのまま海面をも暴れさせる。

 そして、凄まじい風圧が、周囲のものをなぎ倒していった。


 燃え盛る爆心地から、禍々しい黒煙が立ち昇っていく。その炎は、彼の存在を消し去るかのように、轟々と燃えていった。


 後に残る物は、何もなかった。

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