第37話 【2052_1107】仄暗い策略の日

 沈みゆく西日のフレアが、「令和島れいわじま」に巨大な影を作り出す。自動制御された運転車両、建設現場へ急ぐサポートドール達、それに紛れるように帰宅の途に着く人々……。今日もこの島は眠らない。


 北部を一望できる部屋の窓ガラスには、高密度ブラインドが下ろされている。外部からの雑音は勿論、電波遮断や赤外線を複雑に乱調させる機能も兼ねていた。ここは今、完全に外界と切断されている。


 広く整理されたデスク、高級感のある革張りのソファにテーブル、そして絢爛けんらんなシャンデリア……。まるでスイートルームのようなこの部屋には、いくつもの人体図や機械回路の設計図が飾られていた。


 そして、整然と壁際に並ぶガラスケースの中には、この会社で作られたサポート・ドールが収まっている。「MIYUKI-TKMR-50」、「SUZURAN」……。みな、この島の経済を支える優秀なドールだった。ほのかにブルーライトで照らされた彼女達は、まるで深海に漂う美麗な海洋生物のようにも見える。


 その部屋に響く声が3つ。


 だが、そのうち2つには若干のノイズが混じっていた。


 そして、ここに実在する人影は1つしか見当たらない。残る2人は……応接スペースのソファにゆったりと座る3Dイメージだった。天井に設置されている移動型立体ホログラム映写機によって、実在感すら演出した精巧なアバターが生成されているのだ。



「いや、それはだな……」



 「竹村コントラクター」顧問、竹村は、脂っこい髪を必死に撫でながら、立体ホログラムの詰問きつもんをどう逃れるべきか思考をまとめていた。後退した髪の生え際には汗と脂が浮かび、焦りが見て取れる。座っている椅子には、彼の落ち着きない震えが「ギイギイ」と伝わっていた。

 

 しばらく彼が黙っていると、口ひげを蓄えた恰幅の良い初老男性のホログラムが、ノイズの混じった威圧的な声で追い打ちをかけてきた。



「竹村さん。あなたとは付き合いも長いし、私の研究支援の件も感謝している。ですが、今回の件は……あなたにも何らかの形で始末をお願いしたい」


「……も、元々は君の研究員が始めたことじゃないか。『ココノエ』の社名にだって傷がつくぞ」


 

 竹村は視線を彷徨わせながら、あえて話題を逸らそうとする。しかし、それを見通していたのか、男は調子を落とさずに続けていく。



「現場に残してきた右腕、赤金に向かわせたサポートドールの残骸。これらには一文字も『ココノエ・エンターテインメント』の名前は入っておりませんが? まず捜査の手が及ぶのは、最悪のデモンストレーションを披露したあなたの会社でしょう」


「くっ……! い、いざとなったら私だって、2年前の君と同じように『記憶消失』をして逃れる! 今の『記憶保存基本法きおくほぞんきほんほう』なら、逮捕前72時間分の記憶がなければ、責任能力は問われないはずだ」



 それを聞いたホログラムの男――「ココノエ・エンターテインメント」代表取締役社長、九重天十郎ここのえてんじゅうろうは、肩をすくめていた。


 ただ実際にその所作をしているかは、竹村にはわからない。彼の発言を受けた感情表現ソフトが、今の天十郎に適切なモーションを再生しているに過ぎなかったからだ。


 冷ややかな視線を竹村に送りながら、天十郎は話を続ける。



、『永田町』の方はいかがしましょう。今頃「オロチリンクス」での件を嗅ぎつけてくるはずですが……。流石に私どもでは……。」



 ようやく最後の1人が声を上げる。細身の身体をソファに預けて、落ち着いた様子で紫煙を燻らせていた。


 七三に分けた白髪、そして白い眉。顔に刻まれた皺の数々は柔和な表情を浮かべるが、その目つきは鋭く光っている。まさに「老獪ろうかい」と呼ぶべき、この男の隙のなさと狡猾こうかつさが現れているようだった。



「そこは儂が話をつけよう。外務省にも貸しがある、すぐに片付くだろう」


「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」



 天十郎は深々とお辞儀をする。それに一拍遅れてから、竹村も続けていた。



「それで……ちゃんとまでに『ナーシサス』は使える様になるんだろうね?」



 「先生」と呼ばれた老人は、視線を向けずに2人に尋ねる。ここぞとばかりに、竹村が威勢よく声を上げた。



「もちろんです! 遠隔操作型の試験も問題ありませんし、赤金のメモリアも輸送中です。『令和島竣工記念日』には、間に合うはずでしょう!」


「竹村君。『はず』じゃあ困るんだがね」



 冷めた老人の声が、部屋に響く。竹村は口を必死に動かして弁明を試みていたが、この場にふさわしい言葉が出てこないようだった。呆れるようにため息をつくと、天十郎が補足を入れる。



「泳がせておいた元部下が、思ったよりも多く拡散してくれたお陰で、進捗は順調……と聞いてます。後は『フォリウム』登録簿に沿って、各家庭にナノマシンを配布できれば、進められます」


「あぁ、結構。難しいことは任せる。さて……儂は次年度のCIP提案総会が控えているのでな。車中からで悪かったが、これで失礼するよ」



 老人の言葉が終わるのに合わせて、2人はまた深々と礼をする。シグナルが途切れてソファにいたホログラムが完全に消えると、天十郎は遠慮なく竹村に切り込んでいく。



「……布瀬の始末をお願いしてましたが、いささか今の竹村さんには手に余りそうですな」


「何を言う! 警察にも動いてくれる奴がいるし、最後の輸送が終われば消えてもらうつもりだった! お前は早いところ、遠隔型とやらの試験でもしておけ!」


「……」



 竹村の負け惜しみを聞きながら、天十郎のホログラムはソファを立ち上がる。そろそろ会話を終了させるのだろう。

 

 しかし、天十郎は立ち上がったまま、動きを止めた。竹村が目を細めて睨んでいると、彼は何かを思い出したかのように振り返った。そして、片方の口角だけを歪ませ、最後の言葉を投げかけてくる。



「ああ、それと……。何かあれば、いつものようにに。本当にその覚悟があるならば、いつでも『記憶消失』できますので」


「ふんっ……。君も息子の手綱を締めておくことだな。のように、何かあってからでは困るからね」


「……ご冗談を。奴にはそんなことできませんよ」


 

 ホログラムの終了と同時に部屋のブラインドが上がっていき、明かりが戻る。その瞬間を待ちわびていた竹村は、ドサッと椅子に寄り掛かると、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 だが、その余韻は突然の内線により掻き消されてしまう。しぶしぶ、彼は3コール目にデスクの内線を取った。



「……失礼します。さきほど連絡のあった香椎さんがお見えになりました」


「ああ、通せ」



 既に覚悟はしていたが、いざ情報1課あそこを相手にするというのは気が引ける。まぁそれでも「先生」がバックにいるわけだし、私がどうこうする話ではないだろう……。


 内線を乱暴に切ると、竹村は一切の不安を置いていくように、足早に部屋を出ていった。




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