第22話 【2052_1105】彼女の責務

「アサナさ~ん、開けてください~」



 3分も経たない内に、「宮前金柑堂」の扉が激しく音を立てる。山野が扉を開けると、両手にビニールに包まれた荷物を抱えて、三崎が笑顔で立っていた。


 あの勢いでずっと走ってきたのだろうが、汗一つかいていない。



「ひなこ、こっちよ。奥に運んで」



 店の奥にある「STAFF ONLY」と書かれたドアの向こうから、香椎が顔を出して三崎を呼ぶ。


 山野も手伝って、壁にぶつからないように荷物を入れていく。片方を持っただけだったが、そこそこの重さに思わずよろけてしまう。



(年下なのに、ひなこちゃんってたくましいんだな……)



 ドアの向こうに広がる場所は、まるで外科医の手術室のようだった。中央には剝き出しの電球に照らされて、緑色の診察台が置いてある。その周囲を山野も見たことない工業機材が囲んでいた。ドライバーやはんだこて、何に使うかわからない浴槽まである。


 山野と三崎は持っていた荷物を、宮前の指示で診察台の上に置いた。縦も横も、ぴったりと納まる。ビニールは幾重にも巻かれていて、相変わらず中身は見えなかった。



「ハァ……この荷物、一体なんなんですか?」



 ぜぇぜぇと息を切らしながら山野が問いかけると、香椎と三崎がビニールを外しながら中身を説明し始めた。



 「先月、都内の河川敷で1体のサポート・ドールが見つかった。全身の損傷も激しくて回収も大変だったけど、その脳殻から1つのメモリアが発見されたの」


 「それがこいつっす」


 

 最後のビニールが外されると、あちこち損傷して機械部分が露出したサポート・ドールが現れた。


 表面を覆う人口皮質は破れ、一部は長時間水に浸かっていたのか、汚く腐ってしまっている。 


 山野も「令和島」で見たことのある量産型機体だったが、もはや面影はなく、グロテスクな見た目とゴムの焼けたような臭いに、顔を背けてしまった。


 ビニールが外されるや否や、宮前は無言でサポート・ドールを観察し始めた。片手に持った携帯カメラで、身体をあらゆる角度から撮影したり、パソコンを立ち上げて何やら調べているようだ。


 続けてサポート・ドールの身体を、手袋をした両手で触診するようになぞる。


 人工毛髪、身体を制御する演算器機が入った頭部金属シェル、両腕の繋ぎ目、関節、大きくえぐられた腹部、腰の動作系ユニット、そして熱だれが見える両脚……。


 それらに開閉可能な部分を見つけると、ピンセットのような金属器具を使ってこまめに中を暴いていく。


 全て人口物ではあるが、宮前の真剣な表情と場の雰囲気に、山野は完全に当てられてしまっていた。段々とサポート・ドールへの同情が湧いてくる。

 

 しばらく無言で診ていた宮前だが、ひとしきり調査が終わったのか、その辺りに置いてあった椅子に座る。デスクにあった飲みかけのマグを手に取って一息つくと、彼は見解を述べた。

 


「……メーカーは『タケムラ・サイバネティクス』。去年から販売されている一般家庭向けの『SUZURAN』だ。腰の動力源も関節部も、かなり摩耗して熱だれが酷い。稼働域を超えた運動を無理やりしたのか……。そして内部破損もひどいし、水も吸ってる。高いとこから落ちて、川を流れてきたら拾われたってオチだな」


「期待以上ね。うちの特技班とくぎはんでも、ここまで早く掴めなかった」


 

 たった1体のサポート・ドールから、宮前は瞬時に様々なことを見抜いた。

 どうやらそれが欲しかった情報だったのだろう。香椎はすぐさま手帳に書き込むと、黙って何やら思案し始める。


 一方、サポート・ドールのメーカーに聞き覚えがあったのか、静間は小馬鹿にしたように口を開く。



「『タケムラ・サイバネティクス』。スーパーゼネコン様の子飼いじゃないか。あんなところの作るドールなど、たかが知れてる」


「そして、ここの金属シェル。開けられた跡がある。素人仕事だが、サポート・ドールの身体演算処理やBNTビヘイビア・ノード・ツリーには手をつけていない。ただ……ここからは本物だ。データ更新用外部カードリッジが改造されて、無理やりmemファイル形式を流し込めるようにいじってる。ここに『メモリア』を入れてたのは間違いなさそうだ」


 

 宮前の見解を聞きながら、なおも香椎は手帳に書き込みを続ける。


 黙っている彼女にしびれを切らしたのか、静間は不機嫌そうに尋ねた。



「そろそろ私にも教えて欲しいものだね。急に押しかけてきて、私の友人まで紹介させてゴミ処理をさせてる。このままでは割に合わないな」


「ゴミって……!」



 心ない言葉に、近くにいた山野は思わず食って掛かってしまう。しかし、静間は動じることなく、冷酷に切り返した。



「よく見ろ。サクヤのような美しさも聡明さもない、ありふれた量産型の道具が使い捨てられただけだ。これはだ」


「……それは、そうですけど」


「おまけにメモリアを埋め込まれて動いてたとでも言うのか? 何度も言うが、ありえない」


「前半は置いといてだ。まだ何ともわからないが、機体性能以上の稼働を強制させられたのは確かだ。それが遠隔操作でお遍路さんなのか、メモリアなのかわからないが……。人間と同じように動こうとして、関節部がイカレてる。これはだ」



 激しく責め立てる静間を諭すように、宮前は冷静に指摘する。これ以上の議論は香椎の返答がなければ無駄だと思ったのか、静間は彼女に丁寧にお辞儀をすると、気取ったような声で情報を求めた。



「では、私たちの話はここまでだ。内閣高度情報戦略本部様のご高説賜ろうではないか」


「あら、もう話してもいいみたいね。……そこのサポート・ドール、私たちは『キュベレイア』による記憶転生に使用されたものだと判断している」


「『キュベレイア』……? なんですか、静間さん」



 声は聞こえたであろうに、静間は黙って返事をしない。「まだお前の番だ、答えろ」とでも言いたげな、ふてぶてしい視線を香椎に向けている。それに気づいているのか、香椎は重いトーンで口を開いた。



「去年から令和島で活動している団体よ。自分の記憶を保存したメモリアをサポート・ドールに載せれば、そこに魂が移って肉体を超えた不老不死を得られると信じている。メモリアによる救済を掲げていて、決して少なくない人々が彼らに賛同しているの……」


「えっ……なんで……。そんなこと……できるわけないですよね? いくらメモリアで感情が伝わるからって、そんな生き返りみたいな……」


「当たり前だ。メモリアはただのデータに過ぎない。数値化される感情が入ったとしても、そこに自意識や魂といった観念的なものが含まれるわけがないだろう」


「それでも彼らの記憶技術は、並みの『メモリア・デザイナー』を超えている。何らかの形で、『メモリア』に精通した人物が深く関わっていると見て間違いない。過去のサイバーテロとは違う、新しい犯罪があの島では起きてる……それが私は許せない」



 香椎の言葉は徐々に熱を帯びていく。それは、自身の正義感だけではない。この国で暮らす人々の安全を守る責務から来る、彼女のプライドだった。

 

 そして、この場にいる者たちを見回すと……。香椎はゆっくりと頭を下げた。三崎も自然な動きでそれに合わせる。


 さっきまで対峙していた相手の突然の行為に、静間は言葉を失ってしまった。

 隣にいた山野もあっけに取られて一言も話せない。あの凛々しい香椎がここまで声を大にして気持ちを話すなんて、思ってもいなかった。


 香椎は頭を下げたまま、続ける。



「本来、国の脅威に対抗する力は私たちが持たなければいけない。私の能力、私という存在は、そのためにここにいる。だけど、この事件は今の私だけでは超えられないと判断した……。だから、あなた達『メモリア・デザイナー』の力を貸して欲しい。私がこの国を守る、その一端をあなたたちにお願いしたい……」


 

 深く頭を下げたまま、香椎は静間と山野へ協力を求めた。

 

 山野の心は半分決まっていたようなものだったが、それでも静間の答えを待ってから返事をしたかった。


 そっと彼の顔を伺うと、そこには笑みが浮かんでいる。いつもの侮蔑や嘲笑は感じられない。あの日……山野が静間との契約を交わした時の、あの顔にどこか似ているような気がした。


 香椎に向かって1歩ずつ近づいていくと、静間はゆっくり口を開いた。



「鼻っぱしだけ強いやつだと思っていたが、覚悟はあるようだな。私の力をお前が使いこなせるとは思わんが、いいだろう。最後まで見届けてやる」


「わ、私も協力します。『キュベレイア』のことはよくわかっていませんが、メモリアを扱う者として、できることをさせてください」


「……ありがとう、2人とも」


 香椎は顔を上げると、改めて2人に頷く。隣にいる三崎も、とても嬉しそうな笑顔だった。早速、香椎は次の依頼を相談する。



「早々で申し訳ないんだけど、明後日に『令和島』に一緒に行ってもらいたいの。『タケムラ・サイバネティクス』の親会社『竹村コントラクター』、そして『ココノエ・エンターテインメント』へ行くわ」


「えっ、うちの会社に来るんですか?」


「サポート・ドールに入ってたメモリアの復元作業を手伝ってもらいたくて。社長と開発部長には話が通ってるし、あなたがいると色々とスムーズな気がするの。それと、あそこにいたことはきっと悪い人にもバレている。不安にさせてしまうかもしれないけど、今は一緒にいましょ」

 

「な、なるほど……」



 こんな形で帰社することになるとは想像もしてなかった。


 とはいえ、山野が悪事を働いたわけではないので、緊張する必要はない。それでもまだ、頭が整理できていない。

 

 そんな彼らを無視して依然サポート・ドールの調査をしている宮前に気づくと、香椎は声を掛けた。



「宮前さん、このサポート・ドールのこと、しばらく調べてもらえないかしら。復元可能な範囲で解体しても構わないし、必要なら特技班に言って今までの資料も送ってもらうわ」


「いいや、結構。俺は、俺の仕事をしている。他人の見解は求めてない」


「そう、お願いするわね」


「……それは構わんが、私の身の安全は保証してくれるのか? そのなんとかってやつらに、私の頭脳まで抜かれては人類の損失なのだが」



 話を聞きながら、静間が茶々を入れる。もう用件も済んだし、大方とっとと帰りたいのだろうなと、山野は感じていた。というよりも、顔がそういう表情をしている。

 それを聞いた香椎は、無言で彼の横を通り抜けると作業場を出ていく。そして、困ったような笑顔を向けると、幾分か明るいトーンで返事をした。



「あなたはご自慢のサポート・ドールに守ってもらいなさい。私は山野さんを守ってるから」


「大丈夫っすよ! あたしもアサナさんも、強いんで!」


 

 ご機嫌な様子で三崎がシャドーボクシングをしながら、静間の周りを飛んで跳ねる。疲れ果てた顔に露骨な嫌悪感を浮かべると、山野に助け舟を求めるような視線を送ってきた。

 


「お前ら、同い年くらいなんだろ。そっちで勝手に仲良くしててくれ」


「ひなこちゃんって、私より年下なの?」


「ううん、あたしは芽衣ちゃんより2つ上だよ」


「ええーっ、そうなの! キャー全然見えなかった、ごめんねえ!」



 静間は、自分が意図せず蒔いてしまった騒ぎの種を見なかったことにして、無表情でサクヤと作業場を出ていく。

 その後ろから付いてくる2人は、芽生えたばかりの友情をこの部屋いっぱいに咲かせていた。

 暗がりの中では、宮前が黙々とサポート・ドールに向かい合っている。


 こうして、「宮前金柑堂」の最も賑やかな午後は幕を閉じていった。

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