第21話 【2052_1105】宮前金柑堂の秘密
先導する静間の後ろを、4人は歩いていく。そろそろ5分くらいだろうか。
静間の家から見える鳥居と神社をぐるっと回って、ちょうど裏側の市街地に来ていた。この辺りは年季の入ったRC造のマンションや家屋が多いようだ。
「……ここだ」
とある雑居ビルの前で止まると、静間は地下へ続く階段を降りて行った。だが、山野は思わず「げぇ」と驚嘆の声をあげてしまう。
目の前にある建物は、どこよりもずっと汚れが目立つ。壁は剝がれているし、地下に続く階段以外に入り口は見当たらず、どこもテナントが入っていないようだ。上の階は窓が割られている。
「こんなところに何があるんですか……?」
心配そうに山野が答えを求めるが、誰も応じない。
そして、階段の入り口には木製の看板が吊るされていた。木彫りの一枚板には「
すべてに異様な雰囲気を感じた山野だったが、香椎たちは躊躇うことなく降りていく。山野にも迷っている時間はなかった。
くるっと階段を降りると、すぐに木製のドアが現れた。なんの看板もなかったが、ドアガラスの奥から明かりがぼうっと透けているのがわかる。
静間は2回ほどノックすると、鈍色のドアノブを引いて中に入っていった。
「……はい、いらっしゃい。おう、静間か。それと……ん。連れがいるらしいな」
低い天井にむき出しの配管。カウンターと、ダマスカス柄の壁一面に古いレコード盤。室内はネオンの蛍光灯で怪しく照らされている。いくつかミニテーブルとチェアが並んでいるが、そんなに大勢は入れないだろう。
ここは、いわゆる「バー」というやつだ。さすがの山野でも、それだけはわかった。
カウンターの奥には、茶髪に金のメッシュが入った男が、鋭い眼光でこちらを眺めていた。山野が聴いたこともない怪しげな音楽も相まって、かなり不気味な雰囲気をまとっている。
男は見慣れない来客たちの出方を伺うように、不機嫌そうな視線を向けてきた。そして、事情を求めるように静間へ一瞥くれる。
それを察しているのか、全員が中へ入ったのを確認すると、静馬はカウンターへ身を預けて男に話しかけた。
「安心しろ、
「……なるほど。この間の作業着がバレて怒られちゃうんじゃないかって構えちゃったよ」
(ん……? 作業着って……)
宮前と呼ばれた男は、低く枯れた声で冗談を言うと、口だけを歪ませて笑う。
一方、何か引っかかる会話を聞いた気がした山野だったが、なかなかそれが思い出せない。横で見ていた静馬は愉快そうに鼻で笑い、シーッとジェスチャーをしてくる。それでも、山野は思い出せなかった。
難しく唸って頭を抱える山野を脇目に、香椎は簡単に身分を示す。
そして、サクヤを見ながらカウンターの男を試すように問いかけた。
「このサポート・ドールのカスタマイズ、ここで任されてるようね」
「ああ、そうだ。『宮前金柑堂』は安心安全、丁寧な仕事が売りのメンテナンスショップだ」
「一般流通しているパーツじゃないように見えるけど」
「自分の技術の限界を、顧客が求める以上に与えてやるのが俺の仕事だ。その結果、珍しいパーツを使うかもしれないが、知ったこっちゃないね」
「……期待通りの曲者ね。ここなら大丈夫そうだわ」
香椎は宮前の言葉を聞くと、店内をぶらついていた三崎を呼びつけた。またしても初めて来た場所に興味津々の三崎は、狭い店内を所狭しとうろうろしていたが、すぐさま香椎の元へ駆けつける。
「三崎、ちょっと面倒だけど、私の車からあれ持ってきて」
「えっー! 来る前に言っておいて欲しいっす~……」
「診れる人間が出てくるかわからなかったし、あんなの持ってぶらつくわけにいかないでしょ。走ったら5分で帰って来れるわよ」
「いや! 3分!」
言うが早いか、三崎は全力疾走で外に出ると、扉も閉めずにそのまま階段を上がっていった。
ドタバタと店の天井がリズミカルに鳴って、振動が高速で駆け回るのがわかる。だが、徐々にその音は鳴りを潜めていき、店内は元の平穏を取り戻していった。
扉の近くにいた山野が、苦笑いしながら扉を閉める。
一連の騒ぎを呆れた様子で見ていた静馬は、肩をすくめてカウンターチェアに腰かけた。
そして、壁に寄りかかっている香椎の方を見ると、皮肉めいた物言いをしながら、ニタニタと笑いを投げかける。
「お前の周りにいると、毎日飽きないだろうな」
「……そうね」
「あーっ!! 博物館のジャケット!!」
すると突然、山野の声が割って入ってきた。
何かを思い出したらしい。静間を指差しながら、大声であーだこーだと叫んでいる。その顔には、怒りとも苛立ちとも取れる鬼の形相が浮かんでいたが、相変わらず静間はへらへらしていた。
その様子を、香椎は表情を変えずに眺めている。
「お互い様でしょ……」
その声は、どこか楽しそうだった。
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