第15話 【2052_1021】記憶のありかた

「にわかには信じられませんが、山野さんが仰るのでしたら向かいましょう」



 博物館に着くと、山野は大急ぎで事務室へ駆け込み、佐々木を連れ出した。彼の運転する公用車に乗りながら、ここまでの事情を説明する。


 奥村さんの気持ちを、どこまで伝えるべきか悩んだが、山野は、なるべくその本心を伝えず、誤解も与えないようにした。


 ここまで送って来てくれた山中さんだが……申し訳ないが、博物館で別れを告げた。それでも山中さんは「せやねえ、せやねえ(大丈夫、大丈夫)」と元気よく去っていった。


 この地域の人には、あまりいい思い出がなかったが、みんな山中さんみたいならな…と、山野は少しだけ考える。





 * * *




 

「さあ、行きましょう」



 奥村の自宅に着いた山野は、佐々木の手を引いて玄関まで行く。


 頭ではわかっているようだったが、どこかまだ佐々木は、乗り気ではない。渋々来てしまったような歯切れの悪さが、その所作から感じられた。



「大丈夫ですよ、佐々木さん。きっと奥村さんの気持ちを聞けば、佐々木さんも納得できると思います」


「本当にそうでしょうか? 確かに彼が父親であることを隠していたのは申し訳ないですが、ここまで彼のやったことは……」



 彼らの間にどれだけのことがあったか、山野には正直わからなかった。


 奥村の言葉だけを捉えて、適当な返事をしても、反感を買う恐れがある。ここまで来たら、直接会うまで山野は口を閉ざすことにした。



「戻りました。静間さ……」


「遅いぞ! いいから佐々木を連れて上がって来い!」



 いきなり静間の怒鳴り声が響く。


 来て早々、一体何を言っているのかと反論しようとした山野だったが、居間を見ると、奥村が汗だくで布団に横たわっていた。



 「えっ、え…! 一体何が……」


 「父さん!!」



 声と同時に、佐々木が奥村へ駆け寄る。靴も脱がず、横たわる彼の手を握りしめた。



 「父に何があったんですか!?」


 「茶を淹れて戻ってきたら、突然胸を抑えて苦しみ出したんだ。慌てた様子で、棚の漆が剥がれてるところを指差すので、中を見た。すると、この薬が出てきたから飲ませたんだ。だいぶ楽になったようで、今は少し眠っている」


「ああ……そんな……。やっぱり完治してなかったんじゃないか、あれほど言ったのに……」



 佐々木が言うには、彼が学芸員を始めた頃に、奥村は痛みを訴えたという。


 医者に診てもらい心臓の病だとわかったが、そのまま養生せずに研究に繰り出したようだ。何度も警告したにもかかわらず、奥村は痛みが出たら薬を飲むばかりで、きちんとした治療を受けていないらしい。



「もっと……俺が言っておけばよかったんだ……」



 奥村の手を握りながら、佐々木は後悔の念を漏らす。目には大粒の涙が溢れている。


 布団の向かい側にいる静間が、険しい顔つきで、彼に言葉を掛けた。



「君が過去を悔やむように、奥村さんにもやり直したい過去があったと聞いた。君の学芸員としての姿勢が受け入れられず、そのせいで親としての務めを果たせなかったことを、とても悔いていたよ……」


「なんだよ、そんなの言ってくれれば……」


「君も、同じことを奥村さんにしていないか? 言えばいいのに言い出せない、まだ生きているのだから、いつでもいいだろう。そうやって、気づかないうちにどこか崩れていってしまった、とても申し訳ない、やり直したい。奥村さんはそう言っている」


「父さんっっ!」



 佐々木は、寝ている奥村の体を覆い被さるように抱きしめ、嗚咽を漏らした。


 少し大袈裟に、奥村さんの気持ちを伝える静間に、山野は違和感を覚えた。けれども、この佐々木の状況では訂正もできなかった。大筋間違っているわけでもないし……。



「……馬鹿者。男は親の死に目に会った時以外は泣くんじゃない。ただ眠っていただけだ」



 すると、佐々木に気づいた奥村が薄っすらと目を開けた。佐々木の頭をなでると、ゆっくりと身体を起こして彼と向き合い、懺悔する。



浩正ひろまさ、お前にはとても申し訳ないことをした。過去をやり直すことは今更できないが、お願いする。改めて、今からお前の父親として共に生きてはくれないか」


「あぁ!もちろんだ! 俺の間違いは何でも言ってくれ……。学芸員としても、子としても……きちんと向き合うからさあ……」



 互いの過去を清算すると、二人は固く抱擁する。その光景を涙ぐみながら、山野はじっと見守っていた。


 そんな雰囲気に飲まれることなく、静間が隣にきて、こずく。



「なに感動してるんだ。仕事はこれからだろう、私だって早く帰りたいんだ。『メモリア』だよ」


「えぐっ……あ、はい、そうでした! んんっ、すいません奥村さん。あなたの記憶をお預かりしてもよろしいでしょうか? 『メモリア』としてこの地に研究成果を残すために、そして、あなたの想いを伝えるために」



 山野の願いを、奥村は快く受け入れる。これまで見たこともないくらい、晴れ晴れとした笑顔だった。



「ああ、お願いする。君たち『メモリア・デザイナー』に、私の記憶を預けよう」



 これから奥村良治の、初めての『メモリア』製作が始まる。

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