第14話 【2052_1021】彼の独白
「大変お手数をおかけしますが、30分ほどで戻ってくるかと思います。ご迷惑でなければ、ここでお待ちいただけますでしょうか」
奥村の自宅前で停車する山中さんに、サクヤが丁寧にお願いをする。
よほどサクヤが気に入ったのか、山中さんは「せやねえ、せやねえ(大丈夫、大丈夫)」と手を振って、機嫌よく送り出してくれた。
(これが世を忍ぶ仮の姿の効果なのだろうか)
静間達が、石垣に沿って坂を上がると、畑に人影が見えた……奥村だ。
こちらに気づいたのか、奥村は首のタオルで汗を拭ってから、ゆっくりと近づいて来た。山野の姿も見つけたのだろう、少し怪訝な顔をしている。
奥村は不機嫌そうな様子で、口を開いた。
「この間の方だね。今日はあいつはいないようだが、また『メモリア』とやらの話をしに来たのかな。何度でも言うが、私は……」
「遮ってしまい、申し訳ございません。実は、今回は奥村さんご自身のお話を伺いたく、やって来ました」
横から静間が割って入ってくる。先程までのふざけた表情ではない。真剣な表情で、その目は奥村に何かを訴えかけるようだ。
「なんだね、君は」
怪訝な目で、静間を睨む奥村。
すると静間は、サクヤのリュックから何冊もの書物を取り出した。
それは奥村が記した書物だった。
いくつも付箋が貼られ、何度も繰り返し読み込んだ跡がわかる。書き込みもたくさんあるのが見えた。
そして、その本のページをめくりながら、静間は一気に話し出す。
「あなたの著作、僭越ながら全て読ませていただきました。まず『民俗学をみる心』、多くの学芸員たちの入門書にもなっていて大学教材として使用されています。『赤金、銅と男たち』、ここ赤金市の銅山開拓の歴史を調べ上げています。古代朝廷に銭を献上していた時代から50年前に閉山した際の鉱夫の証言まで……。当時は事業活動と思われていたが、鉱山は数千年前から続く守るべき自然の一部という信仰心から人々が働いていたことを明らかにしました。大変な名著だ。『山上の神々~木と川と土と人~』、赤金市の山に暮らす人々を自ら訪ね、年中行事と風土信仰をまとめている。怪我や突然の体調不良に負けることなく、長年その足で歩いてまとめた一冊は、大学教授の私生活を捉えたルポルタージュとも評価できます」
まだまだリュックの中には本が入っていると言わんばかりに、静間はそちらに視線を送る。
静間の勢いに押されてしまった山野だが、ふと奥村の方を見る。
彼は……その場に立ち尽くしていた。
握った手は微かに震え、その瞳にはきらめくものが見える。何かを言いたそうに唇は震えているが、固く一文字に結ばれたままだった。
「……ぜひあなた自身のお話を聞かせてください。奥村良治さん」
静間の願いに、奥村は震える体で頷くと、3人を家の中へと案内した。
* * *
「私は、妻と息子を置き去りにしてしまった。都内から妻と越してきて、この地であいつを育てた。しかし、家に帰らない私に愛想を尽かせた妻は、都内へ戻ってしまった。残ったあいつを高校までは入れたが……そこからはもう」
炉を囲んだ居間で、奥村が語る。
太い梁が何本も入り組み、頭上には高い天井が広がっていた。外観よりもかなり巨大な印象だ。奥には書斎のような洋間が見える。
外からはわからなかったが、どうやらここだけ、この土地の家屋風に改築しているのだろう。
部屋に広がる奥村の声に、山野は真摯に耳を傾けてる。それを横目に、静間は出された茶を飲み終わると、家の中を見渡してから話し始めた。
「あなたの息子、佐々木さんに対して罪悪感があったんですね。それで記憶を保存されてしまえば、気づかれてしまう。そして、学芸員の彼が住民からそのことを聞くかもしれない。だから口止めもしていた」
「情けない話だが、その通りだ。けれども……私は、もっと違うことが気掛かりだったんだ」
感慨深げに炉をじっと見つめる奥村。山野には、彼の真意まではわからなかったが、静間は疑いのない口調で続ける。
「……あなたの研究者としてのプライドが、彼を許せなかった。次第に、子としても愛せなくなっていった。違いますか?」
図星を付かれたのだろう。驚嘆の声を漏らした奥村は、重く頷いた。
「そうだ。民俗学はフィールドワークだ。今を生きる人々への聞き取りがすべてだと私は思う。しかし、あいつは近年発展した比較文化研究を主としている。それは諸外国と自国を比較し、その差異から調査する方法だ。そこまではいい。だが……あいつは私が調べた文献や証言を疑いもせず引用し、比較資料としている」
炉の炭が弾けた。
奥村は語気を荒らげていく。その言葉の端々には、彼の熱い想いがこもってきていた。
「違う! まず、自分の目で見ろ!肌で感じろ! それを見てから始めたらいい、お前には時間がある……。私も共に……学んでいきたいんだ」
彼の独白が終わる。
山野はその言葉に、愛する人への懺悔の念と未来への約束を感じた気がした。自分の口から説明はできない。でも、きっと奥村さんのメモリアがあれば、今の気持ちも伝えられるのではないだろうか。
「ああ、すまない。あいつもいないのに、馬鹿みたいに話してしまった……」
「……奥村さん。あなたのお気持ち、痛いほどわかります。……失礼ですが、また少し茶をいただけませんか?」
「おっと、気づかなかった。失礼、水を沸かしてくるのでお待ちを……」
そう言うと、奥村は急須を持って炊事場へ向かう。彼がこちらに背を向けてるのを見ると、静間は山野に耳打ちしてきた。
「そろそろ頃合いだな、今なら感情に流されて『メモリア』も保存させてくれるだろう。佐々木とやらを呼んでこい」
「どうしてそう心のないことを言うんですか……。まあ、佐々木さんは呼んできますが」
「ちょっと失礼します」と奥村に声をかけてから、山野は家を出ていく。外は、間もなく日が落ちる。
下で待っている山中さんの車に乗り込むと、なるべく急いで欲しいと伝えてから、後部座席に身を預けた。行き先は「赤金郷土民族博物館」。
奥村と佐々木、彼らの間にあった大きな隔たりが、あわよくば、なくなって欲しい……。
山野は車窓に流れる赤金の山々を、遠い目で追いかけていった。
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