第13話 【2052_1021】嘘の誘惑

「はっはっは! いやいや、まだお綺麗ですよ!」

 

「やだよぉ、そんなそらっぺ(嘘)言って! 私は、元美人! で、こっちが今美人!」


「アハハ! 面白いですね、お母さん! そしたら、今美人の娘さんの記憶をちょっといただけると……」


「……なにやってるんですか、静間さん」



 縁側で何人もの住人に囲まれて、楽しそうにお茶を飲んでいる静間の前に、山野が現れた。


 いや、正確には山野だった者と言える。髪はぼさぼさ、服には枯葉や泥が着いたまま。ベソを掻いたのか、目の周りが赤く腫れている。


 もう普段の山野ではない者がそこにいた。

 

 しかし、静間はお構いなしだ。軽く山野に一瞥くれると、気軽に声を掛けてきた。



「おお、思ったより早かったな。これ、さっき山中やまなかさんから頂いたんだ。この地方に伝わる青菜の漬物で、『やまな漬け』というらしい」


「それどころじゃないんですよ、静間さん! 私、遭ったんです……崖の上の幽霊に! もうお迎えが来たんですか……?」


「なに言ってんだ、こいつ。すいません、うちのブスが。彼女、海抜200メートル以上の所に来ると、アレルギーが悪化して鼻水が止まらないんです」


「山野さん落ちてください。こちらのお水をどうぞ」



 静間は、普段からは想像できない愛想笑いで非礼を詫びると、再び集まった住人たちと談笑する。その隣のサクヤだけが、優しく山野を介抱してくれた。



「んぐ……んぐ……プハッ!! ありがとう、サクヤさん。もう本当にびっくりしたんだよ~」


「山野さんご安心ください。私の調査に依ると、この地方の伝承・文献に幽霊に関する項目はございませんでした。その結果、山野さんが見た物体は『山天狗』と予測できます」


「……サクヤさんって、ちょっとずれてるよね」


「で、お前は何がわかったんだ? おおよそ奥村の美談を語られたくらいだろう。佐々木の悪口は聞いたか?」



 まるで全てを見られていたかのようだ。


 ぴったりと言い当てられた山野は、まごつきながらも質問に答える。



「い、いいえ……最初の1人だけです。残りの人たちは、多分佐々木さんのことを知りません」


「予想通り、こちらが当たりだな。あと2軒ほど回れば、真実は暴かれたも同然だろう。ついてこい」



 ポリポリと頂いた漬物を食べながら、静間が颯爽と歩き始める。


 その後ろを、規則正しい動きでサクヤがついていく。さらにその後ろから、弱々しく返事をする山野が続く。


 重い身体を引きずりながら、山野は「ここに来てからずっと静間さんのペースに飲まれてるな……」とボヤきたくなってきた。


 けれども、疲れ果てた身体では、もはや黙ってついていくしかなかった。





 * * *





「さっきのどういうことですか? こっちが当たりって」



 少しだけ回復した山野が、先を行く静間の背に、質問を投げる。



「お前が行った集落に、佐々木はほとんど行っていない。民俗学学芸員で、やわな小娘でも行って帰ってこれる距離なのにだ。一方の奥村は頻繫に訪れて、彼らの生活を助けている。……この辺りでいいだろう」



 静間はそう呟くと、砂利道を挟んで2軒の農家が立つ道で止まる。


 どちらの家も裏に田畑が見えるが、近くに重機などは見えない。家の壁に掛けてある農具を見るところ、昔ながらの耕作をしているようだった。そして、庭には小さな祠があり、きちんと供え物がしてある。



「サクヤ、あれを出せ」


「かしこまりました」



 そう言うと、サクヤは背負っていたリュックの中からグレーの作業着を取り出して、静間へ手渡す。礼を言ってから上着を羽織ると、片方の農家へ歩いて行った。



「……ん?」



 何気なく見ていた山野だが、その胸に「赤金郷土民俗博物館」の刺繡が入っているのを見つけてしまった。


 つかつかと歩む静間の前に立って、思わず制止してしまう。



「ちょっと静間さん、それどうしたんですか!? 佐々木さんが来てたのと同じ上着ですよね?」


「知り合いに頼んで作ってもらったんだ。趣味じゃないから、終わったらくれてやる」


「そういうことを言ってるんじゃないです。どうして勝手に作って、しかもそれを今着てるんですか」


「黙って見てろ」



 山野の手を振りほどき、古い家屋に入っていく静間。玄関には「村井」の表札が見える。


 彼の破天荒ぶりに、頭がクラクラしてきた山野は、ただ後を追うことしかできなかった。


 玄関口に着くと、静間は家の奥に向かって叫ぶ。



「ごめんくださーい! 山中さんちから来たんですがー!」


「……おう、山中さんがどうしたって?」



 すぐに住人と思しき老人が出てくる。


 首に手拭いを巻いた男性で、来ているシャツの汗がまだ乾いていない。今しがた農作業を終えたばかりだろうか。


 何の疑いもなくやってきた老人を見ると、静間はそのまま調子のいい声色で、質問を始めていった。



「すいません~。私、そこの博物館の者でして~。ついさっき山中さんから伺ったんですが、。この間、痴漢で警察にしょっぴかれてたって言うんですよ~。そんなことはしないと私は思うのですが、ぜひあなたにもその証言をして欲しくて~……」


「ああ、あの男か。当然だ、あんなやつ!」



 老人は、たまっていた鬱憤を晴らすかのように、イラついた顔で唾を飛ばす。それでもまだ何か言い足りないのか、促す間もなく再び口を開いた。


 「わけえ(若い)のに車飛ばして山ん中走り回ってさ。畑とか供え物だとか聞きに来るけど、よくわかんねえ外国のことばかり話してく。それに奥村さんも言ってたぞ、お前ら部屋に閉じこもりっきりだってよ!」



 老人はひとしきり話し終えると、挑戦的な態度で静間にすごむ。その表情には、満足そうな笑みが見えた。


 それまでニコニコと聞いていた静間だったが、老人が口を閉じた瞬間、一気呵成いっきかせいに切り出す。



「そうなんですね~。いや~奥村さんには息子さんがいて、しかもその息子さんはあなたにとって相当嫌なやつで、学芸員をやられているんですね。勉強になります。でも、おかしいですね~。『赤金市郷土民俗博物館』に男性の学芸員は1しかいないんですよ。なので、あなたが仰っているのはさんのことで、彼はなのかなと思うのですが、気のせいでしょうか?」


「ウッ……! お前! 一体なんだんだ!」


「お邪魔しました~」



 静間は飄々と老人をいなしながら立ち去ると、今度は反対の家に向かう。


 目の前の出来事に呆然とする山野だったが、置いて行かれないように、再び後を追う。

 ただ、今の光景を見て、何かパズルのピースがはまっていくような、そんな感覚が頭を走っていた。


 早速、次の家の玄関についた静間は、同じように大声で挨拶をした。



「ごめんくださいー! 村井さんちから来たんですがー!」


「えら(たいそう)大きな声、出さなくたって聞こえるよ」



 今度は1人の老婆が出てきた。近くの茶の間にいたのか、すぐに静間の方へやってくる。


 再び静間は、気持ちの悪い愛想笑いを振りまく。



「どうも。うちの佐々木がいつもお世話になっております。そういえば、なんですが、まだ刑務所で服役中なんですよね?」


「いんや!(いいや) バカ言うんじゃねえ、誰がそんなそらっぺ(噓)話してるんだ。だったら、ちっと(ちょっと)先行った山でピンピンしてらぁ。家にでっけえがあるんだよ。昨日もうちの畑、手伝ってくれたぞ」


「ふっふっふ……ああ~そうなんですねえ~」


 

 老婆がペラペラと話すのが楽しくて仕方がないのか、静間は笑いに震える体を必死に抑えている。


 そして、最後にダメ押しの確認をした。



「佐々木にはお父様がいて、そのお父様は大きな石垣があるおうちで暮らしている、畑も手伝ってくれる方なんですね。きっとその家は茅葺なんでしょう。でもおかしいですねえ、そこには佐々木とは全く関係ない、さんという方が既に住んでるんですが、同じ名前で別人の奥村さんも一緒に暮らしてるんでしょうか?」


「……ん! おらぁなにもしらねえ! けえれ!(帰れ)」


「失礼いたしました~」



 あっという間のことだった。


 静間は家の前の砂利道に戻ると、乱暴に作業着を脱いで山野に放り投げる。


 とっさのことに、油断していた山野は、まるっきり顔をすっぽりと覆われてしまった。ふごふごもがいて上着を取ると、静間が高らかに勝利を宣言する。



「これで二人の関係は明らかになった! どうやら奥村は息子がいる事実に不都合があるらしい。何だか知らんが、あの様子だと住人に口止めもしているんだろう。……まぁ他人を信用しすぎたな。人が日常生活においてどれだけ非論理的動物だというのが、こうも簡単に暴ける」


「……ですが、さっきの行動は目に余ります。いきなりあんな詐欺みたいなことして」


「いいや、私はただ世間話をしただけだ。なんなら挨拶をしに行っただけで、勝手に向こうが話したとも捉えられる。何の問題もない」



 本当に最悪だ、この人……。



 だが、これで山野にもはっきりとした。佐々木が奥村のことになると挙動不審だった点、奥村の自宅で彼が「個人的な問題」と言った点……。


 彼らがであれば、すべてが繋がる。

 


「ですが、なぜ奥村さんはそこまで隠したがってるんでしょうか? それにメモリア保存に反対することも……」


「まだ日が高い。行くぞ、奥村の家に。答え合わせはそこでやる」



 そんな話をしながら、朝のバス停に戻ってきた一行。


 奥村の家に行くべく、バスの時間を調べて山野だが、2人の姿が見当たらない。きょろきょろと辺りを見渡すと、後ろからワゴンカーが近づいてきた。


 道を空けようと脇に退いた山野だったが、車は目の前で停車する。

 すると、後部座席の窓から静間が顔を出してきた。ちゃっかりサクヤもいる。



「山中さんの旦那さんが乗せていってくれるって!」



 本当にこの人は……


 山野は、深くため息をつく。

 

 もはや、この状況では抵抗もできないだろう。山野は、半ば諦め気味に、車へと乗り込んでいった。

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