第31話 【2052_1107】S案件の真実

「ええ。現場は警察の鑑識が入ってる。ここの管理責任者とも繋いどいたわ」


「すまんな、そっちに行きたいところだが体が空いてなかった。……三崎の様子はどうだ?」


 心配そうなジョルジュの声が、インカムから聞こえる。救急車の中で横たわる三崎の手を握りながら、香椎は答えた。



「……念の為に休ませるわ。命に別条はないみたいだし、心配は要らないと思うけど」



 三崎の手は、いつもより少し冷たかった。顔や腕も、痛々しく負傷していた。香椎は、その手を優しく握る。


 彼女から返事はなかった。



「はぁ……。本当にすぐ走っていっちゃうんだから……」



 深く息が漏れる。


 震える声を抑えこんで、もう一度三崎の手を握りしめた。彼女の小さな手に額を当てながら、香椎は祈るように、そのまま動かなかった。



 * * *



 三崎の乗った救急車を見送った後、一行は予定通りに「ココノエ社」へ向かうことにした。


「キュベレイア」一員と思われる女性型サイボーグと、仲間の男たちの身柄は、警察へ引き渡してきていた。彼らの詳細はすぐにわかってくるだろう。


 だが……「獅童」と呼ばれていた片腕の男と、突然現れたローブの人物の行方は特定できなかった。トンネル内を捜索したが生体反応もなく、これ以上は香椎の出番はないと判断した。


 警察車両が並ぶ駐車場で、山野は戻ってきた静間の顔を見ると、悲しい顔をしながら彼を責め立てていた。



 「なんで急に行っちゃうんですか」


 「布瀬って誰なんですか」



 何度も彼に言葉を投げかけたが、静間はついぞ口を開いてくれなかった。時折「すまん」という、本心かどうかもわからない、曖昧な謝罪だけ呟く。サクヤも何も話さなかった。


 それ以上、山野はもう何も言えなかった。そして、待っている間ずっと握っていた袖を、また固く握ることしかできなかった。


 その後、3人を乗せた香椎の車は、不穏な空気を積んだまま、「令和島」ノース・インダストリアルM78街に入っていく。



(こんな形で、自分の会社に戻ってくるなんて……)


 

 高くそびえる自社ビルを見上げながら、山野の心には、言いようのない不安が渦巻いていた。





 * * *





 到着した一行は、「開発部長室」と書かれた部屋に案内された。


 扉を開くと、落ち着きなく部屋を右往左往する、九重の姿があった。山野の顔を見るなり、安心した笑顔が戻る。


 そして、続いて入ってきた静間の顔を見る。唇をぎゅっと結び、目は一直線に彼に向けられていた。しかし、静間は相変わらず黙っている。


 九重は、まるで彼を見なかったかのように落ち着いた低い調子で、部屋のソファへ案内する。秘書がテーブルに人数分のコーヒーを用意して下がったのを確認すると、彼は口を開いた。



「警察の方から、さっきのことは伺いました。まずは、うちの社員がご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」


 

 九重は、深々と香椎に頭を下げる。


 不意のことに驚いた山野だったが、すぐにそれに合わせて謝罪する。自分が原因で多くの人が傷ついている……そう言っても、過言ではないだろう。胸が、きつく締めつけられるようだった。



「いえ、山野さんに責任はありません。我々の能力不足ゆえ、彼女を危険に晒してしまいました。大変申し訳ありませんでした」



 それに返すように、香椎も頭を下げる。


 穏やかな動きだったが、声には自責の念が感じられた。香椎はしばらくそうしていたが、すぐに本題を切り出す。



「早速で申し訳ありませんが、用件に入らさせてください。先日、別の者からもご連絡があったかと思いますが、こちらのメモリアの復元をお願いしたく伺いました」



 すると、香椎はポケットから袋に入ったメモリアをテーブルに置く。


 それは、「宮前金柑堂」でサポート・ドールから取り出した「メモリア」だった。元の形状は辛うじてわかるが、黒く焦げ付いたように変形し、中のフィルムがはみ出ていた。


 初めて実物を見た九重は、注意深くそれを見つめる。そして、小さく唸り声を上げてから、断りを入れて袋を手に取った。



「うちで製造している『メモリア』のようですが、残念ながらどこまで復元できるかは明言できませんね……。申し訳ないですが、数日ほど時間をください」


「ありがとうございます。どんな些細なことでも構いませんので、どうかご協力お願いします」



 改めて香椎は頭を下げる。


 これで本来の目的は達せられたはずだったが、視線はどこか落ち着きがない。眉をひそめて、遠くにいる静間を訝しげに睨んでいる。


 彼はただ壁に寄りかかって、こちらを眺めていた。その目は、まだどこか心ここにあらずだ。軽く咳払いをすると、香椎はやきもきした様子で、静間を問いただした。



「そろそろ、あなたからも話を聞かせてもらえないかしら。『光海月』では気を遣って聞かなかったけど、もういいでしょ?」


「……何が言いたい」



 視線は床に落とされたまま、重いトーンで静間が答える。部屋に走る緊張を、山野の肌は感じていた。それでも、香椎は続ける。



「あのローブの女。『ふせ』とか言ってたけど、あなたの知り合いでしょ。山野さんにも同じ名前を言ってたみたいだし、一体何者なの?」


「……」


 

 静間は口を閉ざしたままだった。平静を装っているが、呼吸はわずかながら乱れているように見える。しばらく沈黙が流れるが、傍らから九重がゆっくりと声をあげた。



「静間さん。彼女たちに伝えるべきなんじゃないですか? もうここにいる人達は、この事件の始まり……いや、を知る権利があるはずです」


「……勝手にしろ」



 静間は投げ捨てるように言葉を吐くと、足早に部屋を出ていく。佇んでいたサクヤも黙って一礼すると、主を追っていった。


 部屋に静寂が戻る。


 黙ってやり取りを見ていた山野と香椎だったが、真意を確かめるべく、九重に視線を送った。


 九重は、立ち上がって自席のデスクへと歩いていく。部屋の窓ガラスに、ゆっくりとスクリーンが降りて、薄暗くなっていった。そして、2人に小さなカプセル剤を手渡す。



「あっ、これってこの間言ってた、遠隔型の……」


「はい。まだ量産化は進んでいませんが、臨床試験は終わっています。クラウド天上からデータを落とすように、新たなメモリア再生機を、我々は『ナーシサス』と呼んでいます」


「この中のナノマシンが『メモリア』を遠隔受信して再生ができる、ということかしら……。それで、どの『メモリア』を再生していただけるんでしょうか?」


 

 九重は再びデスクに戻ると、卓上のモニターから、いくつかの『メモリア』を選択する。先頭の『メモリア』には「S-44062701」というIDが振られていた。



「長い間、『S案件』として秘匿していたメモリアを再生します。今から8年前……私と静間さん、そしてさんの3人で、この世に『メモリア』を誕生させた時の記憶です」

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