第24話 【2052_1107】平日の光海月パーキングエリア
「うわぁーっ! さっき走ってきた橋、本当に海の上に立ってるんだ!」
「芽衣ちゃん芽衣ちゃん! 向こうに立ってる真っ白い棒、なんだと思う? あれ全部風力発電機なんだよ!」
展望デッキの前に、広い海原が広がっている。頭上を覆う晴天の裾には、海の青との境界線がぼんやりと白く引かれていた。
東京、神奈川、千葉方面から「令和島」を繋ぐ高速トンネル郡「オロチ・リンクス」。島の最も北側にある第1番目の胴体を、香椎が運転する車で走ってきていた。
今は全長10kmのトンネルを、ちょうど半分くらいまで来たところ。
海上を横断する橋りょうが終わり、ここから海底トンネルへと入っていく。その入口にある「
4階建ての「光海月パーキングエリア」は、今日も多くの人で賑わいを見せる。
中央のエントランスからは、複雑に入り組む各階行きのエスカレーターが望める。商業施設や屋上テラス、展望デッキも揃え、観光スポットとしても人気が高い。「令和島」の浮かぶ東京湾を一望できるのも、その理由だった。
「これってずっと向こうまで続いてるんでしょ! 私、いつもトンネルリニアしか使ってないから新鮮だなあ」
「ねぇ芽衣ちゃん。あっちの屋台で焼いてるのって、なにかな?」
車中ですっかり意気投合していた山野と三崎は、無邪気に展望デッキを駆け回る。山野が建物について質問すれば、三崎がそれに答える。三崎が美味しそうな香りに気づけば、山野がその正体を発見する。
テーブル席に座る他の客から見れば、きっとそこには日常を楽しむ年相応の姿があるだけなのだろう。
その様子を、2階のカフェテラスから静間が見下ろす。後ろには、いつものようにサクヤが佇んでいた。
柵に寄りかかりながらコーヒーをちびちびと流し込むと、退屈そうな表情で大きく伸びをする。
「ふわぁ……、私には理解できんな。無機質な物体を眺めて、何が楽しいのか。さっきの店員が客の男からもらったメモの内容を探る方が、よほど有意義だと思うがね」
「そう? あなたと一緒にいるよりも、山野さんが楽しそうなのが気になるのかしら」
隣で立つ香椎が、2人を目で追いながら軽やかに答える。
「フン」とすかした笑いを浮かべてから、静間は変わることのない水平線に視線を向けていた。
だが、それも飽きてきたのだろう。今度は橋りょうを見ながら、このオロチ・リンクスについて香椎に話を振る。
「海面下80mも掘った上に、自動送電ラインと通信網を引いたおかげで、今じゃ令和島は製造品出荷額50兆円を超えている。海の玄関としては出来すぎているな。お前の職場近くでも、あんなリモートトラックが走ってるのか?」
「もちろん。それにトラックだけじゃない。湾岸開拓用重機に工業ロボット、街中の整備に向かうサポート・ドールたち。あの島を流れるのは、今じゃ人間よりも機械の方が多いのよ。その経済形態は、もう変えられない」
「話を聞いた時はさすがの私も驚いたが……。『キュベレイア』の救済にしがみつく人々が耐えないのは、納得の結果だな」
「……それでも、私には守るべきものがあるのよ」
香椎はそっと呟くと、デッキの先端で心地よさそうにしている2人を見つめる。静間は、その視線の先を確かめると、微かな笑みを浮かべた。
すると、さっきまでテーブル席についていた男たちが立ち上がり、彼女たちの背後へと近づいていく。
身なりこそ他の客と変わらないが、その立ち振舞いは不審さが隠せていなかった。男たちは、後ろから山野へ声をかける。振り返る山野と三崎。
静間は注意深く、その2人を目で捉える。
「なんだ、あれでも茶に誘う男がいるのか」
心のどこかで期待していた状況を言葉にするが、そう上手くいってくれなかった。
海風も相まって2人の声は聞こえないが、ここからでも山野の不安そうな顔と警戒心をむき出しにした三崎の顔が見えた。
そのまま、身振り手振りで話を続ける男たち。だが、それを遮るように三崎が手帳を取り出して、身分を明かす。一瞬おののいた様子を見せる男たち。そして、彼らは顔を見合わせると、何やら相談をした……その直後。
男たちは踵を返して一心不乱に逃げ出した。
三崎も反射的に動いて、それを追う。後ろから不安そうに見つめていた山野も、置いていかれまいと遅れて走り出した。
「おい! あいつら!」
「アサナさん! エントランスに行きました!」
横にいた香椎に向かって静間が怒鳴る。同時に、香椎を見つけた三崎が男たちを指差しながら叫んで走っていった。
眼下の3人は、静間たちの足元にあるデッキ出口へと消えていく。香椎も、それを見ていたのだろう。すぐさまテラスを駆けて、店外へ飛び出していった。静間とサクヤも人混みをかき分けながら、それに続く。
先行した香椎を追って、エントランスへ向かうと、エスカレーターの下には地下駐車場の方へ逃げる2人の男たちが見えた。
既に香椎は、1階に降りている。静間とサクヤも、エスカレーターを降りていく。ちょうど遅れてやってきた山野が、そこには待っていた。
顔を汗でぐちゃぐちゃにしながら地面に座り込んで、大きく息を吸って呼吸を整えている。
「し、静間さん……はぁ、はぁ……。なんか変な人が来て……私のこと見つけたとか、記憶が欲しいとか言って……」
「なんだと?」
「たぶん『キュベレイア』っす! 芽衣ちゃんの記憶を狙ってました!」
3人の元に、三崎が戻ってくる。
髪を振り乱しているが、まだ息は上がっていないようだった。三崎は、腕の「フォリウム」に3Dホログラムの位置情報を表示すると、駐車場で動く点を指差して静間たちに告げる。
「アサナさんが引き継いでくれました。私は2人を安全な所まで移動させた後に、奴らを追います」
「わかった。だが平気なのか? 男2人だぞ」
「……『しどうさん』の連絡が違うとか言ってたんで、まだ仲間がいると思います……。それと『ふせさま』にも言わなきゃって……」
まだ肩で呼吸をしている山野が三崎を心配する。だが、彼女は「フォリウム」の情報に気を取られて、耳に入っていないようだった。
山野がもう一度声をかけようとすると、急に静間の両手が肩を掴んできた。
突然の痛みに、思わず声が漏れる。だがそれでも離してくれない。これまで見たことのない真剣な、でもどこか悲しそうな表情で、静間は激しく問いただしてきた。
「『布瀬』……と言ったのか! 本当に!? おい!」
「は、はい……。『ふせ』って……。ちょっとやめてください……!」
「ちっ!」
「……あっ! 待って、困るっす!」
山野が答えるや否や、静間は乱暴に立ち上がると、香椎の消えた通路へと駆け出していった。それを追うように、サクヤも後に従う。
あまりに突然のことに、山野も三崎も足が動かなかった。だが、山野の頭には肩の痛みとは別の、何か黒いものが残っていた。
「静間さん……どうしちゃったの」
「大丈夫、芽衣ちゃん?」
立ち上がった拍子に突き飛ばされてしまった山野を、心配そうに抱き抱える三崎。だが、彼女もまた香椎の身を案じているようだった。
山野を介抱しつつも、目はずっと「フォリウム」の点を追っている。その表情には、焦燥感と不安が滲んでいた。
それを見ていた山野は、意を決したような表情で立ち上がり、三崎へ声をかける。
「あのね、ひなこちゃん。……私、静間さんのこと追いたいの。危険だって言うのはわかってるけど、あんな顔した静間さん放っておけない」
「でも……」
「変なこと言ってごめんね。だけど……もう静間さん戻って来ないような気がする」
さっきから、ずっと気になっていた気持ちを正直に話す。そんな予感が当たって欲しいわけではない。でも、今の静間は何かを追って、そのために山野の前から消えてしまいそうだった。脳裏には、まだ山野を問い詰めた時の、悲しい顔が焼き付いている。
黙って聞いていた三崎は、何やら難しい顔をしている。しばらく考え込んでいたが、ポケットからインカムを取り出すと、申し訳なさそうな声でジョルジュに通信を入れた。
「あのぅ……ジョルジュさん……」
「お前の考えてることはわかる。『個々で判断して対処する』、それが情報1課のモットーだ。ただし、自分とそこの彼女、両方の安全はマストだ」
ジョルジュの優しくも厳しい声が入ってくる。期待していた答えが返ってきたことに、三崎の顔は笑顔で輝く。
「はぁ! ありがとうございます!」
「既にアサナから話は聞いてたしな。所轄の刑事が向かうまで時間もかかるし、今はお前が一番あいつらに近い。ファーストライン装備は必ず持っていけ」
「了解っす! 芽衣ちゃん、ごめん。一緒にアサナさんの車まで戻ってもらえないかな?」
そう尋ねる三崎の声は、いつものように弾んで聞こえた。だが、その表情は山野が見たこともないほど真剣だ。
山野は、彼女の覚悟に答えるように静かに頷く。
2人はそのまま、自分たちが思慕する人達の姿を胸にしまい込むと、急いでエントランスを出ていった。
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