第19話 【2052_1105】サクヤの日常

「……はい。以上が『静間メモリアデザイン事務所』での先週の作業報告になります。今週も引き続き、静間さんのメモリア依頼のサポートとデータコンバート仕様書の読み込み、そしてサポート・ドールを使用した技術研修の予定です」


「了解しました。今週もよろしくお願いします」



 昼下がりのリビングで、山野は九重茂へ先週の業務報告を行っていた。壁のディスプレイには、会社の自室で話す九重が見える。


 出向中の管理監督者は静間だが、雇用主であるココノエ社への報告義務も当然ながらある。

 山野はこうして週に1度、カメラ越しではあるが顔を合わせたコミュニケーションを兼ねて報告をしているのだ。


 「静間メモリアデザイン事務所」という呼び方だが……。


 これは便宜上、山野が勝手に名付けただけだった。静間本人は特にこだわりもなく、ずっと個人名で仕事を請け負っていたようだが、提出書類や業務報告上そのままだと格好がつかない。


 こういうのはそれっぽい名前が付いていることが大事だと思い、本人の了承を得て使うことにしていた。


 九重は、口頭報告と作業報告書に相違がないことを確認すると、笑顔で頷く。山野の元気そうな姿にも、安心している様子だった。



「では、また月末の報告会には、顔を出していただければと思います。山野さんやそちらのサポート・ドールの連絡を聞く限り、上手くやっているようなので大丈夫かと思いますが、規則ですので……」


「承知いたしました」


「あと、今月は『製品ラインナップ会』もあるので、なかなか面白いと思いますよ。まだ量産体制は整ってないですが、遠距離型改良ナノマシンと記憶コンバーターも出す予定なので……。これはまだ内緒ですが」


「おお~! ついに見れるんですね!」



 ココノエ社では、隔月で販売予定製品の紹介を兼ねた、開発報告と試遊会が開かれている。普段は、各セクション長からの報告で終わるが、この日だけは特に盛り上がった。


 九重が言う、遠距離型改良ナノマシンと記憶コンバーターは、報告会で度々話題になるものの、その全容は社内でも、厳重に秘匿されていた。それだけ社命を賭けた製品開発だったのだろう。


 要するに、頭部に専用の機器を着けなくても、体内に性能向上したナノマシンがいれば、そいつが頑張って遠くまで記憶を送ってくれるようになる、ということだ。


 社内なら、あの頭に着ける機械は我慢できたが、携帯型保存機「ロディ」にまで同じサイズが付いてくるのは、運びづらい。

 しかも、外であれを使うのだ。そもそもデザインが前時代的だと思うし、かなり恥ずかしい……。



「さて、それでは山野さんから特になければ、これで終わりにしようと思います」


「私からはありません。……静間さんはまだお休み中ですが、何かお伝えしておくことなどありますか?」


「いえ、私からは……お気遣いありがとうございます。それに、もし用があったとしても……」



 九重は、すぐ口まで出かかっている言葉の行先に迷っているようだったが、やがて重い口を開いた。



「彼は、私とは会ってくれないと思いますよ」






 * * *





 報告が終わった後、サクヤが出してくれたお菓子と紅茶に舌鼓を打ちながら、山野は小休憩を取っていた。


 口は目の前のクッキーに夢中だったが、九重の言葉が気になって仕方ない。ずっと心のうちにしまっておくと、なんだかそわそわして居心地が悪かった。


 山野は淡い期待を込めて、サクヤにさっきの出来事を話す。



「残念ながら、私は九重さんについては何も存じ上げないため、山野さんの期待している回答はできません。『君子危うきに近寄らず』。立ち入らない方が良いこともあるのかもしれません」


「やっぱりそうだよね……。ほんと、あの二人って何があったんだろう。出向契約の時も変だったし、静間さんは九重さんに頭が上がらないのかな?」



 サクヤはさっきの回答通り、それ以上は山野の問いかけに反応しない。代わりに空いた小皿にキッチンから新しいクッキーを運んできてくれた。


 こうしたサクヤのこまめな奉仕も、随分見慣れたものになったが、それでも山野はお礼を忘れない。



「ありがと! このクッキー美味しいよねえ、サクヤさんが作ったの?」


「いえ。先日テイクアウトした弁当屋のご主人から勧められたので、購入してみました。私は味覚の数値化はできても、感じることはできません。ですがお口に合うようで何よりです。本日のお客様にもお出ししましょう」


「……ねぇねぇ、サクヤさん。もう1個、知らなかったら答えなくていいこと、聞いてもいい?」


「もちろんです。私にわかることでしたら、お答えします」

 

「あの……私が静間さんに渡した記憶って、あの後どうなっちゃったか知ってる? 変な人に売られたりしてないよね……?」



 山野は手を止めて、不安そうな表情でサクヤを見つめていた。


 静間への依頼料として渡した時には、それが最良の選択だと思っていたが、時間が経ってくると、自分の記憶の行方が気がかりだった。


 サクヤはしばらく佇んでいるが、やがていつも通りの調子で、山野に返答する。



「申し訳ございませんが、私からは回答を差し控えさせていただきます。静間様ご本人のみが知ることですので、『サポート・ドール』である私が憶測でお答えするわけにはいきません。ですが」



 珍しく途中で言葉を止めて、少し考えるような素振りをすると、サクヤはいたずらっぽく笑ってから、山野を見つめ直した。



「あの方が人を傷つけるためにメモリアを使用されたことは、一度もございません」


「え~っ!? そうなのかなあ……だって、裸で私のこと追いまわしたりしたんだよ?」


「山野さん。それは、静間様が山野さんのメモリアを受け取る前の出来事です。それらに関して、因果関係は認められないでしょう」


「あれ、そうだっけ……? まぁサクヤさんがそういうなら、私もそういうことにするよ! 静間さんのことは信頼がおけないけど」



 ――ピピピピピピ



 山野の「フォリウム」からアラームがなった。ディスプレイには「13時50分」と表示されている。


 時計を見た山野はハッとして、アラームをセットしていた理由を瞬時に思い出す。サクヤと話し込んでいたせいで、すっかり時間感覚が麻痺してしまっていた。



「あっ! 今日14時から来客があるんだった! 静間さん、まだ部屋なの?」


「はい。まだお休みです。『2泊3日家族旅行のメモリア作成でしょ? 人妻に手を出すのは大変非人道的行為なので子分にやらせろ』と、昨晩お休みになる前に仰っておりました」


「また訳の分からないこと言って……。それにいつもの10分前行動はどこいったの! 私、叩き起こして来るから、サクヤさんはお部屋の準備をお願い!」



 そう言うと、山野は勢い良く階段を駆け上がった。


 家主が眠る部屋に着くなり、扉にワンツーパンチを喰らわせる。予想通り返事がないことを確認すると、ドアノブを一気に引っ張った。



「ちょっと静間さん、入りますよ! ……鍵開いてますし、いいですよね!」


「……わぁっ! 開けた後に『入ります』って言う奴がいるか! かわいそうなのは俺だめなんだよ……」



 頭上で聞こえる所有者オーナーの叫びを、サクヤは遠くで聞いている。


 数日前まで、自分の声がしていた場所をしばらく見守ってから、サポート・ドールはいつもより早く、客間の支度に取り掛かっていった。

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