第11話 【2052_1021】この土地の人々の暮らし

「それにしても、今日のサクヤさんは随分とお荷物を持ってきましたね。格好もこの間とは違いますし」



 赤金市あかがねしへと向かう電車のボックス席に座りながら、山野はサクヤが抱えるリュックを、まじまじと観察していた。


 今日のサクヤは、いつものワンピースではなく、黒い迷彩柄のシェルジャケットのような、アウターを着ている。裏地やバンド部分には、白やオレンジの差し色……丁寧な意匠が施されたジッパーなど、これまた洗練さを感じさせる。



「本日は、こちらのカスタマイズの方が、適正だと判断致しました。いわゆる、世を忍ぶ仮の姿、と定義できるでしょう」

 


 そう言うと、サクヤは手のひらで顔を半分覆い隠すような、渾身の決めポーズを取る。前に会った時と同じく、無表情でそれをやるので、山野には、少しシュールな光景に見えてきてしまった。



「山野さんも、本日は色々とご準備をされているようです。差し支えなければ、教えていただけますでしょうか」


「これは『ロディρόδι』って言って、携帯型のメモリア保存機なんです。記憶抽出用の頭部機材と、保存用コンバーターがセットになってて、うちの作業用AIをオフラインでも使えるようにしてまして。いつでも、奥村さんの『メモリア』を保存できるように、会社から持ってきたんです」


「そうだったんですね。本日中に無事に『メモリア』保存ができるように、私も善処致します」



 「うんうん、ありがとう」と、山野は笑顔を返す。


 次に、ちらりとその隣に座る、静間を見る。だが、今の彼には、昨日のような威勢はない。座席に収まったまま、穏やかな寝息を立てていた。



「……静間さんは、もしかして朝弱い人なんでしょうか?」


「普段、このような時間から起床されることはありませんので、お休みさせていただきたく存じます。『備えあれば憂いなし』と言いますし、昨日は色々と準備がございました」


「準備……ですか?」



 山野は、目の前のリュックとサクヤを、交互に見比べる。だがサクヤは、相変わらずの表情で口元に指を立てて、いたずらっぽく微笑むだけだった。



 * * *

 


「聞いてはいたが、これでは都内と変わらないな。風光明媚な自然を楽しみに来たのに、どこもかしこも汚い人間ばかりじゃないか」


「……私たちは旅行に来たんじゃないですよ、静間さん」



 硬いシートで凝った身体をほぐしながら、静間は、駅の人混みを見渡す。以前と変わらず、「北武赤金駅ほくぶあかがねえき」は活気ある賑わいを見せていた。


 しかし、今回は佐々木の出迎えはない。山野は博物館に赴くつもりだったが、静間が不要だと止めていたからだ。



「一体、これからどこに行くんですか? 佐々木さんと奥村さんの話も聞かずに、本当に進められるんでしょうか」


「黙ってついてこい、青二才め。人間は1つの頭脳しか持たない、まずは的を絞れ」


「的を……ですか」


 

 真剣に静間の言葉を考察する山野だったが、当の静間は何かを見つけたようで、パァーッと、構内を駆けて行った。


 その先は……構内にあるスイーツショップだった。


 子どもじみた笑い声を上げながら、静間は店内へと吸い込まれていく。



「ねえねえ、サクヤ。このメープルシロップソフトと日本酒シェイク、どっちが美味しいかな? やっぱり両方買っておくべきだよね!」


「……私にさっき言ったこと、憶えてますか」





 * * *





 駅から市営バスに乗って1時間。


 その後一行は、山の中腹に近い村の入り口まで来ていた。奥村の自宅よりもずっと深い樹木が生い茂っていて、人影すら見当たらない。けれども、足元から伸びる山道を目で辿っていくと、奥の山々にはいくつか集落のような家屋が見えた。


 降りたバスを見送ると、山野は静間を問いただす。依頼者もいない山奥に来て、一体何をしようというのか。



「この土地で暮らす人々が、どんな生活をしているのか、考えたことはないか? 車がなければ移動もままならない。コンビニまでどのくらい離れているだろうか。冬になればこんな山の中だ、大雪が積もるだろう。どうやって寒さを凌ぐんだろうねえ」


「……ここの人々には、この土地なりの方法があって、暮らしているはずです。それに、今の時代なら家の中は意外と最新家具があるのかもしれません」


「まぬけめ。だからお前は、ちんちくりんなんだ」



 なかなか要領を得ない静間に、山野は露骨に嫌な顔をする。


 「そんな反応は予想通りだ」と言わんばかりに、静間はそのまま話を続けた。



「お前は佐々木と奥村について、どれだけ知ってる? まずはこの地で2人の関係を洗い出せ」


「洗い出せって……2人のことを聞いて回れってことですか? 見ず知らずの私たちに話してもらえるでしょうか?」


「人はには目がない。その匂いを嗅いだら、釣られてペラペラと話し始めるさ……。では、私とサクヤはすぐ下の家に行くから、君はあそこだ。終わったら戻って来い」



 遥か彼方の山の集落を指差しながら、静間はニタニタと気味の悪い笑顔をしている。


「まさか……」と絶句する山野だったが、突然のむちゃぶりだとわかり、必死に反論する。



「い、嫌ですよ! だって、すごく先じゃないですか。家なんかこんな小さいし!」


「いいから歩いて行って来い、もたもたしてると日が暮れるぞ」



 既に静間とサクヤは、今来た道を歩いて、農村部へ向かっている。あんなところ、3分もあれば、行って戻って来れるだろう。



「もう! わかりましたー! 行ってきますから、絶対に待っててくださいねー!」



 どこまで聞こえているかわからないが、山野は悔しくて叫ばずにはいられなかった。


 返ってくるはずもない、静間の返事をちょっと待ってみたが、淡い期待が馬鹿馬鹿しくなってきた。すぐに山道に向かい合おう。


 山野は、ぷりぷりと身体を揺らしながら、快晴の空の下、森へ分け入っていった。

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