第7話 【2052_1017】大岩の無情

「…というわけで、このID:S-44062701へのアクセス許可をいただきたいのですが」


「ダメだよ、拒否拒否」


「即答なんですね……」



 あれだけ山野が苦悩していたのに、交渉は2秒で終わり。


 今朝までの経緯をなるべく丁寧に報告して、納得しやすい材料を揃えたつもりだったが、それも無駄足となってしまった。


 一体なぜ大岩が即座に断ったのか、山間はつい考え込んでしまう。だが、それを見抜いたかのように、大岩がすぐさま口を開いた。



「不満そうな顔だな、まぁ教えてやる。IDに『S』を振られている案件は、開発部じゃ全く手を出さない。この会社の研究開発とか創業当時の記録とか……よく知らんが、今を生きる俺たちの利益には1ミリもならない代物だ」


「……失礼しました。そこまで調査ができていませんでした。ですが、今回の件に何かしら参考になる情報があると思っているんです。『ペルセフォネ』の結果で出たということもありますし……」


「そもそも私が最初になんて言ったか忘れてるみたいだから、思い出させてやろう。、私はそう言ったんだ。では君が持ってきたのは何かな?」


「……市の民俗博物館学芸員からで、男性1名のメモリア保存依頼となります」



 「うんうん」と大袈裟な相槌を打ちながら、大岩は椅子から立ち上がって、山間に近寄る。


 普段通り、感情のない目に形だけの笑みを浮かべながら、じっくりと質問を続けた。



「教育施設からの依頼で中期メンテナンス運用も視野に入る。これは君の言う通りだ、短期的な利益追求をしていない点は評価できる。だが、保存する相手の年齢が……87といったか。これメモリアいくつ使うんだ?」 


「約60年分の記憶を保存する予定でしたので、標準型を4つ使用する想定です」


「1人の人間にメモリアを4つも使う! そういうね、ボランティアみたいな仕事は他のセクションがやるの」


「……」



 返答ができなかった。


 彼の言う通り、「メモリア」自体が高価で希少なのは知っている。

 そして、今回のように1人に多数の「メモリア」を使う事例は、緊急医療の現場や重大事件の法的証言確認用がほとんどだ。よほどのことがない限り、こんなにたくさんは使わない。

 

 だからといって、この依頼が無価値とは思えない……が、今の大岩にそれは言い出せなかった。そんな感情論では、彼が動かないのを知っているからだ。山野の返事を待たずに、呆れたような素振りを見せた大岩が畳み掛ける。



「原材料となる特殊マイクロフィルムの製造は、うちでしか行っていない。第1セクションで使える『メモリア』が多いのは、それだけ購入者が見込まれるからだ。巷では違法に改造した『メモリア』が出回って不正再生されてるような時代で、我々は社に恥じぬよう高品質な『メモリア』も同時に求められている。これを機に山野にも学んでもらいたいものだね」


「申し訳ありません」


「まぁいいや。で、お前、生の記憶を4つも扱えるのか?」


「……5月の研修では最大2つ、30年分の記憶を保存したのみです」



 いくらAIを介すると言っても、データ化された記憶の編集には、人間の作業が必要にある。そして高齢者の記憶となると、忘却し断片化した部分が多数出てくる。

 関連する事柄を聞けば思い出すが、長らくそのことを忘れていたため劣化し、グラフィック化できない部分が生まれてしまうのだ。


 この場合、「メモリア・デザイナー」の手で、1つ1つ各場面を補完しなくてはいけない。


 それが60年分となると、1人で扱うには途方もない量である……。それは、山野にもすぐ予測がついた。頑張ってどうにかなる問題ではない、効率的な対応の検討が求められる。


 沈黙が答え……と、大岩は判断した。



「……だろうね、それ1人でやっていつ終わるの? 来年? ちょっとここまで稼ぎにならない案件に何か月も給料は払えないかな~」


「私の依頼選択ミスです。今回の件は先方にはお断りを……」


「何言ってるの? 会社の名前に傷が付いちゃうでしょ、今断ったら。最後までやりきれば、君の適正がなかったと頭を下げて別セクションに投げれるかもしれないじゃん。まぁ、俺からのサポートはできないが、勉強だと思って頑張ってくれよ」


「……」


「はい、この話は終わり。じゃあ戻って」



 山野は言われるがまま一歩下がり、大岩へ一礼すると無言のまま彼の部屋を立ち去った。


 ただならぬ様子で出てくる山野に気づいたのだろう。近くの同僚たちが何か囁く気配を感じたが、今はそれすら入ってくる余裕がない。山野は居たたまれず、そのままの勢いでフロアも飛び出してしまった。




 * * *





 弱々しく廊下を歩きながら、山野はさっきまでのことを振り返る。


 大岩の指摘は自分では知りえなかった事実が入っていただろう。もっと事前調査をして、会社の方針と沿った依頼を選ぶ時間もあったと思う。そんな言い訳がいくつも頭に浮かんでは消えていき、山野の思考は川底の泥が舞うように濁っていった。 


 張り切ってこんな依頼を受けなければ……。

 

 だが、最後に浮かんだのは赤金市で待つ佐々木の顔だった。そして、自ずと彼と交わした言葉が飛び出す。

 


 「それでも……」

 


 無意識に口を開いた音に、山野の意識は高ぶる。

 そして、その場で立ち止まると大きく深呼吸した。



 「それでも、私は約束したんだ。必ずあの人のメモリアをつくるって」



 いま私の都合であの人の依頼を断ることは絶対にできない。あの時の言葉をもう一度繰り返しながら、顔を挙げて力強く一歩を踏み出した。


 山野の後を追ってくる者は、誰もいなかった。

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