第6話 【2052_1017】ペルセフォネの導き

 翌朝。


 山野は、いても立ってもいられず、1時間も早く出社して「ペルセフォネ」と向き合っていた。奥村のような、「メモリア」保存に懐疑的な対象者を扱った依頼を見つけ、その担当者に色々と聞いてみるつもりだった。



 「一昨日、私が照会した依頼と同条件の対象者を扱った、製作依頼を検索して欲しいの。それと……担当者がまだうちに在籍しているものに限定して」


 《おはようございます。山野芽衣さん。かしこまりました。少々お待ちください。》



 早速ペルセフォネが検索を始める。

 ペルセフォネが「少々」と言うのだから、多少時間がかかるのだろう。


 仕方がない。山野はチリチリと微かな電子音を立てるモニターを眺めて待つことにした。



 「……それにしても優秀な人工知能だよなあ。家にあるスマートホームAIなんかより会話もちゃんとできるし」



 「ココノエ・エンターテインメント」で全社的に使用されている、AI搭載型メモリア独自支援エンジン「Persephonēペルセフォネ」については、山野も研修期間によく学んでいた。


 まだここが、商業向け「メモリア」の制作を行う前から存在しているようで、21世紀で、最も人類の脳内神経細胞に近いモデルを持ち、AIで初めて創造性と独自性を発揮したと言われている。

 

 そもそも「メモリア」は、人類単独では製作できない。


 まず、AIが記憶をプログラムコードに変換して、人間でも扱えるようデータ化、そして「1日1メモリア」のルールで、フォルダ管理するところから始まる。


 そして、コンピュータ上にグラフィカル・ユーザ・インターフェースGUIを展開し、3Dグラフィックでデータ化した記憶を表示してくれる。タイムライン管理や視点移動、そして場面転換なども容易に可能。旧来の支援設計ソフトウェアと、近しい操作感を得られた。


 そのため、「メモリア」制作・編集はこれまでのソフトウェア開発ノウハウがそのまま活かせたのだ。作業時の汎用的な処理も、AIが代理実行してくれ、編集結果をプレビュー即時反映評価できるのも強みだった。


 その中でも、ペルセフォネは概念的であるクリエイティブな領域を、作業者との会話で学習して適切なアイデア提案ができる点、そして、3Dグラフィック化した際の記憶の外見劣化が少ないことが売りだった。もちろん社内設計のため、サポートが豊富なのも嬉しい。


 だが、そんな高性能なエンジンをなぜうちが持っているか、誰が設計者なのか。「ペルセフォネ」の起源については、研修では説明されていなかった。

 


 「まぁ大岩さんがとにかく触って慣れろの人だから、その辺りは省いたのかも。それより今の私には他のことを教えて欲しいものだよ、冥府のお姫様ペルセフォネには」



 頑張るAIを前にして、山野はしばらく考え事にふけっていたが、そろそろ検索結果が出ても良い頃だろう。

 モニター内のGUIに注意を向けると、期待通り「ペルセフォネ」からの返答が来た。



《直近5年の依頼を探しましたが、担当者が在籍している案件はありませんでした。検索期間を無制限にしたところ、該当する案件がありましたが、全て管理者権限で秘匿されています。アクセスするにはグループチーフ以上の申請が必要です。》


「はあっ、なにそれ!? ていうかそんなレアケースなの、今回私が受け持ったのって……」



 想像もしていなかった回答に、山野は1人オフィスで悲鳴を上げてしまう。


 担当者が見つからなかったのはまだ理解できるが、秘匿されるような大事件を見つけてしまったのは、かなりショッキングだ。


 一体、私は何をしようとしているのだろう……。



「そんなこと言われても……今はこれしか当たる手がないしなあ。グループチーフ以上ってことは……大岩さんの許可がないとダメってことだよね」

 


 「ココノエ・エンターテインメント」では、開発部長の下に各セクション長、さらにプロジェクトごとのグループチーフが任命されている。


 山野の所属する第1セクションは、大岩がセクション長とグループチーフを兼任していたので、今回頼れるとすれば彼しかいなかった。


 正直なところ、山野はあまり大岩が好きではない。

 仕事のスキルは一流だと思うし、利益主義が強いのも、まあいい。ただ、どうしてもあの厭味ったらしい物言いや、上から目線だけは受け入れがたい。



(避けて通れるものなら通りたい……)



「……元々は大岩さんからの指示で始めた案件だし、利益になるっていう要件は満たしているはず。とにかく今は、自分の足で調べられるところから固めていこう」



 行き詰ってしまったこの状況で、山野は無理にでも自分を奮起させた。


 とりあえず、うわべだけでも繕っておかないと、大岩に心乱される気がする。

 山野は、何通りか話の進め方をシミュレーションしつつ、大岩の出社を待つことにした。

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