第5話 【2052_1016】奥村良治の自宅

 奥村の自宅は、博物館からさらに山沿いへ進んだ所にあった。四方を森林に囲まれた小高い山の中腹に、茅葺屋根かやぶきやねの平屋で1人暮らしのようだった。


 しばらく車で走ると、山道の傍らに彼の家が見えてきた。積み上げられた石垣に沿って坂を上る。下の道からの高さは数メートルはあるだろう、立派な石垣だった。所々、苔むすのが見えて歴史を感じさせる。


 自宅の前には綺麗に草刈りされた平野と畑が広がっていた。その縁側でワラの山に囲まれた老人が、縄をなう姿が見えた。即座に佐々木が山野へ耳打ちをする。どうやらあの老人が奥村らしい。


 早速、山野は声を掛けた。



「お忙しいところ失礼します。奥村良治おくむらよしはるさん……でしょうか?」


「……なんだね、君は」



 人影に気づいた奥村だったが、手を休めずに声だけを返す。全く興味を示してくれず山野が困っていると、奥村が遅れてこちらへ顔を向けた。


 短い白髪に広い額、生やしっぱなしの無精ひげにこちらを警戒した鋭い目つき。まるで猟師が注意深く獲物を見定めるような視線に、山野はさらに萎縮して言葉が出てこなかった。


 奥村は山野の返事を待っていたが、その後ろにひっそりと隠れている佐々木の姿を見つけた。様子を伺うような佐々木に一瞥くれると、おもむろに立ち上がり深いため息をつく。



「またお前か。大方、この人に例の『メモリア』とやらを頼んだんだろうが、もう話す気はない」


「あ、あの……ちょっと!」



 またか、と無言で顔をしかめる佐々木。山野が引き留めようと声を掛けるが、奥村は背を向けたまま、一方的に話を続けた。



「あなたには悪いが、これはの問題だ。人に物を乞う姿勢も民俗学研究の基本も、何も守れない奴の頼みは聞けんな」



 そう言うと奥村は振り返ることなく、縁側から続く居間を通って家の中へ消える。ピシャと部屋の引き戸を閉める音だけが、むなしく響くだけだった……。




 * * *





 帰りの車中、佐々木から一言「すいません」と謝罪の言葉が出ただけで、それからはお互い何も話せなかった。


 山野は、本当にどうしたらいいかわからなかった。あのまま押しかけて説得しても良かっただろうが、奥村が快諾してくれるイメージが全く沸かない。


 だがそれよりも、奥村がなぜあそこまで反対するのかが気がかりだ。


 元々、佐々木から聞いていた話にも違和感を感じる。直接奥村に会ったことで、佐々木との間に個人的な確執があるのではないかと疑い始めていた。

 それでも、はっきりとしたことは山野にはわからないし、ここで憔悴している佐々木に聞くのも気が引ける。


 そうこうしているうちに、北武赤金駅が見えてきた。山野は一度社に戻り、過去似たような案件を担当した社員を探してみると告げると、もう一度佐々木を見つめて続けた。



 「奥村さんとは上手く話せませんでしたが、きっと何か手立てがあるはずです。うちでは様々な用途でメモリア依頼が来ますので、きっと社内で調べれば何か解決策が見つかると思います。必ず私が奥村さんのメモリアを作ります、少し時間をください!」


「山野さん……。ありがとうございます。僕にも何かできることがあれば、遠慮なくお尋ねください」



 その後、なんのお構いもできなかったと佐々木はお土産売り場で赤金栗饅頭を買って来てくれたが、その表情はどこかまだ暗いままだった。


 最後まで奥村との間に何か思い当たる節はないか聞き出せなかったが、本音を言うと山野も少し疲れてしまっていた。


 初めて1人で受ける依頼で、知った土地にやってきて張り切っていたが、これまでの経験がほとんど活かせなかった。それどころか専門知識や技術的問題ではなく、メモリアを保存する人間との関係でつまずくなんて思ってもいなかった。



(今は少し身体を休めて、社内で情報を集めてから考えよう……)

 


 「メモリアならすぐわかるのに。想いを言葉で伝えるのって、やっぱ簡単じゃないんだよなあ」



 奥村と佐々木の間に立つ見えない壁の厚さを痛感しながら、山野は夕暮れの赤金市を各駅停車で後にした。

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