第3話 【2052_1015】ココノエ・エンターテインメントの火曜日

 ビルの合間から差し込む朝日が、微かにブラインドの影を揺らす。


 第1ビジネスセクションの大岩おおいわは「ココノエ・エンターテインメント」開発フロアで、週イチの報告会を進めていた。



「先月リリースしたストリーマー育成体験メモリア『Direct YOU』だが、MAU(マンスリー・アクティブ・ユーザー)やPU(ペイ・ユーザー)は想定通りの数値だ。男女問わず、20~30代の若者中心に広く遊ばれている。実際のプロデューサーやストリーマーの記憶をベースにした甲斐あって、体験が大変好評を博している。当然、私の予想通りの数値だったが、まぁみんなよくやってくれた」



 朝会に集まった「メモリア・デザイナー」たちは、朗報に喜び、互いに成果を称えあう。


 その中に山野の姿もあった。自身の希望もあったが、プレイ想定者に近い年齢で的確なフィードバックができると大岩が判断し配属されていたのだ

  

 歓声がひとしきり収まるのを待って、大岩が続ける。



「知っての通り、我々第1ビジネスセクションは少人精鋭チームだ。それ故、君たちには常に結果が求められる訳だが……珍しく今回の山野の働きは評価している。彼女が担当した、ストリーマーとのコミュニケーションパートは圧倒的な初回追加課金率だった。よくやった、山野」



 大岩が山野に拍手を送ると、周囲からも暖かな賞賛の声が沸いた。いきなりの名指しに驚いた山野は、どぎまぎしながらもお礼を述べる。



「あ、ありがとうございます! そんなつもりはなかったですが、私が初めてメモリアを体験していた時の気持ちが上手く反映できていたようで嬉しいです。まだまだ新人ですが、これからも精一杯頑張ります!」


「ハハッ! お前にはもう1人の社員として給料を払ってるんだ。そのっていうのは、やめような~」



 大岩が小馬鹿にしたようなツッコミを入れると、周りからクスクスと笑い声が聞こえてきた。再び注目を浴びた山野は、今度は顔を真っ赤にして黙ってしまう。

 


「さて、可愛い新人への指導はここまでだ。我々のミッションはまだまだ残っている。今週も引き続きよろしく頼むよ」



 締めの挨拶に続いて皆の声が響き、各々の仕事場へ戻っていく。山野も同じく自分のデスクへ戻ろうとしたが、大岩に呼び止められた。



「おう山野、ちょっといいか。お前、入社してどれくらいになる?」


「……はい、大岩さん。確か今月で6か月になります」


「ふむ、随分早く感じるな。お前は他のスタッフとのコミュニケーションもよくできてて馴染んでるから、もっと長いかと思ったよ。それに専門知識の習得も早い」


「ありがとうございます」



 普段から厳しくて物言いもキツイ大岩から2度も褒められてしまい、少しばかり訝しむ山野。しかし、それ相応の努力をしてきた自負はあった。


 大学時代から「メモリア」研究を学んできたし、AI技術や脳科学分野の知識も身に着けてきた。入社後も業務で使用するツールはすぐに使いこなして、製品開発経験もできる限り積んだつもりだ。


  

「まあ、お前の素質とその姿勢を見抜いていた俺の采配は正しかったようだな。そんなお前には、そろそろ1人で案件を持ってもらいたい」


「1人で、ですか?」


「ここで働いている者には全員経験させている。試験的な意味もあるが、メモリアの基本は個人の記憶を技術だ。これまでお前がやってきた仕事は、エンターテインメント向けに記憶をベースにして編集・加工をしてきたもの。次は、生の人間の記憶を扱ってこい」



 大岩の言う通り、「メモリア」は個人の記憶を専用の記録媒体に永久保存し、いつでもそれを再生できるようにした先端技術だ。


 「ココノエ・エンターテインメント」では、医療向け、教育・研修用、個人向けなど多岐に渡ってメモリア製作業務を行っている。

 山野がいる第1ビジネスセクションはその応用として「他人の記憶の完全体験」を売りにしたエンターテインメント向けメモリア製作をしていた。


 だが記憶そのままではなく、より五感に訴えるよう体験時の反応を強化したり、あるいは不快な記憶は削除したり、様々な編集を「メモリア・デザイナー」が行っている。世間のメモリア人気に火をつけたのもココノエ・エンターテインメントだったし、第1ビジネスセクションは創業以降で最も営業利益が高い部署でもあった。

 


「……受け持つ案件のジャンルに指定などはありますか?」


「何でも構わん。1人で社のになる依頼を持ってくれ。これが条件だ」



 1人でメモリア製作をした経験はなかったが、ここで培ってきた知識と技術を持ってすれば何とかなるイメージはある。そもそも作業時にはAIのサポートがついている訳だし、事前に調査をしておけば作業の目途は立つだろう。



「承知しました。早速、今日から案件調査をします」



 山野は早速デスクに戻り、社内で使用している独自AI「ペルセフォネ」を介して、当社宛に届いている依頼を探し始める。セクションが異なれど一般社員であれば、会社で管理しているメモリア製作依頼にはすべてアクセスできた。



「半年以内に受信した依頼の内、カスタマーサポートやメンテナンス運用以外の新規製作案件をピックアップ……。新着順にソートをかけて」


《かしこまりました。すぐに結果を表示します。》


「ありがと。流石はわが社のペルセフォネ……」


《私もお手伝いができて光栄です。132件の依頼が該当しました。表示します。》



 即座に「ペルセフォネ」が検索結果をモニターに映し出す。山野はその中から目ぼしいものがないか、順に目で追っていった。


 

「大岩さんは利益になるようなって言ってたけど……。あれ、これ赤金あかがね市だ。懐かしいなあ」



 すると見覚えのある名前が山野の目に留まる。


 それは北関東にある小さな市からの依頼だった。山野が生まれた市からもそう遠くない所で、よく家族でイチゴ狩りに出かけたり、キャンプをしたりと何度も訪れたことがあった。


 赤金市あかがねしは四方を山に囲まれた自然あふれる盆地で、かつては銅が採掘され鉱業が盛んだったが、今は人口減少で限界集落となった村もあると聞く。

 最近は観光業にシフトしているようだが、なぜメモリア依頼を市が行っているのだろうか……。


 詳細を見ると、それは赤金市あかがねしからの直接依頼で学術研究用にメモリアを制作して欲しいとのことだった。この手の依頼はココノエ・エンターテインメントでも数多く扱っているし、入社研修でも少し経験があった。


 それに市からの依頼であれば、まとまった支払いとその後の定期メンテナンスも期待できる。中期的に社の利益にもなりそうだし、これなら自分でもできそうだ。

 


「……決めた。久しぶりに行ってみるか!」



 依頼が自分が知った土地からというのも不思議な縁を感じるし、何よりここで成長した自分の力を、地元に恩返しできるような気もした。


 山野は依頼の受理手続きを進めると、早速外出許可を申請する。その所作はどこか弾んだように、軽やかだった。

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