第1章 山野芽衣 奮闘編
第1話 【2052_0428】赤金市の学芸員
「もうやめろ! 何度言われても、私は『メモリア』なんかに頼らないぞ!」
狭く古めかしい部屋に
奥村の部屋には、ここ
奥村はそれを指差しながら、再び佐々木に声を荒げる。
「こんなもので私の研究成果を残そうだなんて! お前も学芸員なら恥ずかしいと思わないのか? 民俗研究は大切に語り継いでいき、ここで生きる人々ときちんと向き合ってだな……」
「それは僕もそう思います。でも口伝では時間もかかるし、正確性に欠ける部分もあると思います。あなたの研究成果がどれだけ貴重かもわかってるつもりです。それに、もうそんなに若くないんだし……」
佐々木の言葉を遮るように、奥村が机を叩いて椅子から立ち上がる。並べてあった書籍が音を立てて倒れた。
「貴重だと思っているのなら、なおさらだ! それにお前に歳の心配もされたくない! もういい、二度と家の敷居を跨ぐな!!」
奥村は怒りのままに、佐々木が持ってきたパンフレットを思いきり投げつけた。
「……っ!」
渇いた痛みが顔をかばった腕に走る。佐々木は何も言い返せず、無残に落ちたパンフレットを見つめるしかなかった。
深いため息をつきながら手を伸ばすと、ちょうど開かれたページが目に入ってきた。
『―あなたの記憶を大切にお預かりします ココノエ・エンターテインメント ご相談はお気軽に― 東京都
「……わかりました」
佐々木は奥村を振り返ることもせず、意気消沈したまま部屋を後にした。
これで二度も断られてしまった。
彼が長年研究してきた赤金市の民俗研究は、勿論文献にも残されている。しかし、齢80を過ぎた今も自らの足で山を登り、そこに住む人達の風俗を見聞して研究を続けていた。彼の体調を心配するのは当然だ。
そして、最新の研究成果を書物にまとめることは、とても時間がかかる。『メモリア』として彼の記憶をそのまま保存できれば、手間も省けるし情報がロストすることもない。だが、奥村は全く話を聞き入れてくれなかった。
「どうしたものか……」
車のエンジンをかけながら、佐々木はこの状況を打破するアイデアも浮かばず、来た道を帰るしかなかった。
その様子を自室の窓から伺うように奥村が睨む。佐々木の車が視界から消えるのを確認すると、深く息を吐きながら椅子に掛けた。
先程は少し言い過ぎたかもしれないが、それでも受け入れるつもりはなかった。
(あいつの言い分もわかる、だがその前にやることがあるだろう)
佐々木との会話を反芻していた奥村だが、突然喉に嫌な詰まりを感じ、激しく咳き込んでしまう。慌てて卓上にあったコップを取り、むせながらも水を流し込んだ。
数秒後。
まだ肩で息している熱い身体を整えるため、奥村は大きく深呼吸する。だが今度は、胸の辺りにじんじんと別の痛みが走っていた。
「あぁ……くそ。またか……」
もう何年も治らない痛みと焦燥を堪えて、奥村は苦い顔をしながら誰もいなくなった部屋を眺めるだけだった。
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