第一の訓練

 レイルスが画面に触れて三秒ほどすると、映像がふっと消え、ビーッと鋭い音を立ててサイレンが鳴った。二度、三度とサイレンが鳴る中で『演習を開始します。部屋の中央にお立ちください』という言葉が繰り返される。レイルスとルサックが指示に従うと、頭の上の方でガゴンッと何かが鳴った。レイルスが音のした方を見る。直後、垂直に落ちてきた物体が重い音を立てて着地した。音は一つでは無く、レイルスとルサックを取り囲むように、部屋の四隅に落ちて金属の四重奏を奏でた。

「囲まれた状態からスタートとは、結構な話じゃないか」

「いやちょっと、初手からハードすぎ――!?」

 文句を言う暇も無かった。四隅に降り立った導機人形たちはその腕を変形させ、両手から両刃の剣を生やして一直線に飛びかかってくる。レイルスはとっさに身を屈めつつ、前へと跳ねるように動いた。迫る刃が頭上や体の横を擦過する。風を切る唸りと、ジジッ……と肉が焦げるような音がした。ぎょっとしてレイルスは己の体を見たが、どこかが焼けた様子も痛みも無い。背後を見れば、導機人形の両手から生えた剣が青白く発光していた。

「距離を離せ! ちょっとでも触れたら感電しちまうぞ!」

 叫ぶルサックもまた、導機人形の攻撃を前に跳んでかわしていた。四体の導機人形は中央へと集まる形になっていた。とっさに、レイルスはマナボードを掴んで魔導を発動させた。

爆発エクスプロージョン!」

 注ぎ込まれた魔力が火の力に変換され、急速に膨れ上がった火の魔力が爆発を起こした。レイルスが使える中では一番攻撃力が高い――とはいえ使っているマナストーン自体質の良いものではないため、火力はそう出ない。ただ、威力はともかく範囲は広かった。四体がまとめて吹っ飛ばされ、床に転がる。剣を抜き放ったレイルスは手近な一体に向かい、真上からその切っ先を振り下ろした。頭部を貫かれた導機人形は一度全身をビクッと震わせた。――だが、

「うわっ!」

 レイルスは思わず悲鳴じみた声を上げた。頭部を潰された導機人形は動きを止めることなく、その両腕をレイルスへと向けて突き出してきたのだ。とっさにレイルスは飛び退き攻撃を避けたものの、コンマ一秒でも遅れていれば、電撃をまとった刃の餌食になっていただろう。

「ルサック、こいつら……!」

「頭に攻撃しても無駄ってか! どこかに――この手のタイプならたぶん、人間と同じ心臓辺りに動力源があるはずだ、それを叩け!」

「分かった!」

 そうこうしているうちに、他の導機人形たちも次々と体勢を立て直して立ち上がった。しかし爆発で吹っ飛ばしたため、彼我の距離は開いたままだ。レイルスは再び眼前に立つ導機人形に向けて突進した。導機人形は両手を振り回してレイルスを退けようとする。レイルスは引かなかった。身を捩りながら半歩踏み出し、左腕から繰り出される突きを避け、さらに頭上から振り下ろされる右腕を拳で横に払うと、無防備になった導機人形の胸元目がけて剣を振り抜いた。ガヂッと金属が擦れる嫌な音と感触に歯を食いしばりながら深く剣を突き入れる。そして、思い切り導機人形の腹を蹴って距離を離した。

 機能停止したのか、確認する時間は与えられない。床にがらんと音を立てて転がった倒れた仲間には目もくれず、もう一体の導機人形が向かってきた。他の二体はルサックの方へと向かったらしい。

「ルサック! そっちは――」

「こっちは気にするな、目の前の敵に集中しろ!」

 レイルスはもう一歩後ろに下がった。目の前に、電流をまとう刃が振り下ろされる。ルサックを気遣う余裕は無かった。素早く、順繰りに、しかし規則正しく繰り出される二本の刃は、避けるには易いが自分から切り崩さないと隙が生まれない。動きの一つ一つに集中し、そのレイルスはその側面に回り込んだ。レイルスの体を刃が追尾する。横凪ぎに振られた剣をしゃがんでかわしながら、その隙を埋めるように振り下ろされる斬撃を、前にステップして避ける。導機人形の左側に回り込む形になった。そのままレイルスは機械の足の関節を狙って思い切り蹴りを叩き込んだ。さらに、相手の反応を待たずにその背後に回り込む。体勢を瞬間崩して前のめりになったその背中を、振りかざした刃で思い切りレイルスは貫いた。抵抗にもがいた腕は、後ろまでは回ってこなかった。

 刃を引き抜けば、ガシャリと音を立てて導機人形がその場に転がった。それ以上の戦闘の音はしない。ルサックの方にレイルスは目を向けた。ルサックからやや離れたところに、ナイフを幾本か突き立てられた導機人形が倒れていた。いずれも腕や肩の関節部にナイフが突き立っていた。投げたナイフで動きを止めた後、動力部にとどめを刺したようだった。

「そっちも終わったみたいだな。スコアは二対二か、やるようになったな」

「スコアってそんな、対抗戦じゃあるまいし……それに、俺なんてまだまだ」

「とっさに体勢を崩す目的で魔導を放ってから、即座に攻撃に移って二体撃破。これでまだまだなんて言ってたら、お前が満足行く頃には大陸の覇者になってるぞ」

 そういうつもりで言ったわけじゃ――と抗弁しかけたレイルスの肩を、やや強い力でルサックは叩く。少し痛い。黙れ、と言わんばかりの力だった。

「自分の実力ぐらい、正確に把握しとけよ。謙遜が常に良い風に見られるってわけでもないんだ。実力はちゃんと示しとかないと、そのうち見誤ったせいで泣きを見るかもしれないぜ?」

「う……分かったよ。俺、ちょっとはやれてるんだよな?」

「もちろん。俺がいなくたって、いまの四体は倒せてただろうな……ま、ちょっと危ないかもだけど」

 そうだろうな、というのはレイルスにも分かる。魔導で体勢を崩せても、四体もいたら一体を倒し、もう一体にかかろうとしたところで三体に一気に襲いかかられることになる。今回はたまたま密集した状態に持ち込めたおかげで上手く魔導が機能したが、常に相手の隙を作り続けられる状況に持って行けるかは、分からなかった。

『模擬戦素体3号の沈黙を確認しました。訓練の第一段階がクリアされました。十五分以内に訓練室Bに入室してください。十五分を経過した場合訓練の第二段階を放棄したとみなし、戦闘訓練シークエンス0-01を終了します』

「どうやらここはこれで良いみたいだな。次に行こう。行けるな?」

「大丈夫だ。……ところで、次の段階はタイマンなんだろ? どうするんだ」

「ああ、それなら……戦いながら考えてたんだが、お前が行けレイルス」

 レイルスは、不満の声を上げなかった。緊張でやや強張った顔をしつつも、その顔をルサックに向けて首を縦に振る。ほう、とルサックは感心したように息を吐いた。

「やる気、出てるじゃねーの」

「まあな。ルサックにおんぶに抱っこじゃ、格好が付かないだろ」

 強くなることが目的で来たのに、その手段をマナストーンだけに頼って過程を他人任せにしていたのでは本末転倒だ。自分で戦って経験を積まなければ、意味が無い。

「強くなりたきゃ、質と数だって言われたからさ」

「誰に? あ、俺にか」

「ルサックにも言われた。オヤジにも、あとベルダーにも」

 レイルスから見て強い者たちは、誰だって戦いを経験している。戦わずして強くなれる人はいないのだと、レイルスはよく知っていた。



 訓練室を後にした二人は、閉ざされていた扉の方へと向かった。他に部屋も無い以上、そこが訓練室Bだろう。そう考えて扉の前に立てば、あっさりと扉は開いた。

 扉の向こうにあったのは、さっきまでいた部屋とよく似た構造の部屋だった。違う点があるとすれば二層構造になっているところだった。レイルスたちがいる階は、壁に沿って張り出した柵付きの足場以外はほとんどが吹き抜けになっていて、下の階が見えていた。下りられそうな階段は無く、入り口正面の壁際に、バルコニーのように広く突き出した足場が見えた。バルコニーの辺りに足を踏み入れると、壁一面がぼんやりと光った。

『魔力配列のスキャンを開始します。しばらくお待ちください』

 声がして数秒の後、薄く発光するだけだった壁に絵が浮かび上がった。表れた絵は先ほどの導機人形と違う、四足歩行の導機人形だった。人型の導機人形の絵と違い、大きさや特徴について書かれているようだった――が、

「古代文字か……流石に一部しか分からんな」

「一部なら分かるんだ……いったい何が書かれて、」

『スキャンを完了しました』

 二人が話しているところに、横やりを入れるように声が響いた。

『戦闘訓練シークエンス0-01第一段階のクリアを確認――――第二段階のセットアップが完了しました。訓練の挑戦者は画面に触れ、リフトのスイッチを押してください』

「リフト?」

「……これだな。ただの物見台ってわけじゃ無かったらしい」

 いつの間にか壁の前から離れていたルサックが、バルコニーの中央にあった板に気付いた。バルコニー全体がどうやら昇降装置、つまりリフトになっているようで、板には上と下を表す三角形のボタンがついていた。

「床に切れ目があるな。ここから先が丸ごと下に行くのか……レイルス、準備はできてるか?」

「準備って、別に変える装備も無いし……ま、心の準備はできてるかな」

「背中の剣は背負ってるだけか?」

「使い方分からない物を振り回すのもな。でも、重量だけはあるし。デカブツ相手にはちょうど良いかもな」

 感触を試すように、レイルスは背中の剣を引き抜いて軽く振り、また鞘に収めた。背負う型の剣は持った試しがないため、鞘に収める際に少しもたついた。使うなら、とっさに鞘に収めたりはできないだろう。抜きっぱなしか、その場に落として使うことになりそうだ。

「そういえばルサック、あの画面には何が書かれてるんだ? 読み取れたんだよな」

「読み取れたっていうか、大きさぐらいしか分からんぞ。体高4.5メム、直立すれば8メム近以上にもなる」

「……いやデカくね!?」

「デカいな、熊よりもデカイ。さっきの導機人形は恐らく電流で気絶させるタイプの、本当に訓練用の代物っぽかったが……こっちは下手したら死にかねないな」

 さらっと言われたルサックの言葉に、レイルスは口元を引きつらせて笑った。止めてくれよ、と知らぬうちに呟く。決意が鈍りそうだ。しかしぐずぐずと時間を潰すわけにもいかない。第一段階終了から十五分以内という制限時間もあるが、もし無制限だったとしても、時間が経てば経つほどやる気は削がれるだろう。

 唇を引き結び、意を決してレイルスは画面へと触れた。第一段階と同様に、ビーッとサイレンが鳴る。

『第二段階が開始されました。リフトに搭乗してください。また、同行者がいる場合、リフトの外に退出してください。二人以上の降下が認められた場合、訓練は開始されません』

「……よし、行ってくる!」

 レイルスは、ルサックと入れ違いにリフトに乗った。

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