開かずの扉

 城内の一室、恐らく城に勤める侍従のものだったと思われる部屋に荷物を一度置くと、二人は調査のために必要な、最低限の装備を担いで城の地下へと向かった。地下への道は城の中庭にあり、元は導機仕掛けで隠されていたのだとルサックは説明した。跳ね上げ式の、ハッチのような鉄扉はすでに開いており、そこから下り階段が伸びている。十数段、踊り場を挟んで折り返しながら下へ下へと靴音を響かせながら下りていくと、階段が途切れ、直線的な廊下が現れた。

「この先だ」

 ルサックが言う。廊下の突き当たりには、一見すると壁しか無いように見えた。近付いてみると縦の中央に一本線が走っている。線、というより切れ込みのようだった。

「これ……扉か?」

「ああ」

「取っ手が無い……どうやって開けるんだ? ジャッキでも使うのか?」

 ルサックは軽く手を振って否定を表す。そして「鍵はこれだ」と言って、振った手で壁の隅を指差した。そこにあったのは一本の柱だった。腰より少し上ほどの高さで、形は立方体に近いが上辺が斜めに切られている。手前に傾斜した上辺の面はガラスのようにつるりとしたパネル面になっていた。レイルスが前に立つと、そのパネルが内側から照らされたように薄ぼんやりと発光した。

「な、なんだこれ。鍵? これが?」

「ああ。どうやら導機でできてるらしい。こうして手をかざすと動くんだ」

 ルサックが言いながら、その導機に手をかざした。すると三秒ほどでビッと短い音がした。そして、

『認証エラー。許可されていない魔力配列です』

「喋った!?」

 まさか喋るとも思わず、のけ反る勢いでレイルスは半身を引いて声を上げた。

「まあこういうことだ。これが開かずの遺跡の正体……どうやら人体の魔力配列がキーになってるらしくてな。特定の配列じゃないと開かないらしいんだ」

「魔力……配列? って確か生物が生まれつき持ってる魔力の形……みたいなもんだっけ」

「ああ。個体によって形が違うし、その構造で魔導の適性も変わってくる。生物の中でも人間は特に複雑な形をしているからこそ、その形を導機に登録して、鍵として使えるようにしたんだろう」

「へえ、凄いな……昔の人は、そんな高度なもので扉の鍵を作ってたのか。けど、それじゃ誰も開けられないんじゃないのか?」

「ところがどっこい、この導機を解析して、どういう配列なら反応するのかを調べることができたんだよ」

 そんなことができるのか、と思うと同時に、その計測だけでどれほどの額の金が動いたのだろうかとレイルスは気が遠くなりかけた。きっと一万とか十万の話では済まないんだろう――

「で、お前がその鍵を開けられるかもしれないってことだ」

「ふーん……。……ん?」

「大丈夫か? もう一度言うぞ、お前が鍵を開けられる、かもしれない。ものは試しだ、ちょっと手をかざしてみてくれよ」

 何で俺が? どうやって分かった? と首を捻りつつも、レイルスは言われるままに機械に手をかざした。すると、やはり三秒ほどの時間を空けて、今度はピピッと音が鳴った。そして、扉がスライドして横の壁に吸い込まれるように入っていった。

『魔力配列コード001-1-94を認証しました』

「……マジかよ」

「マジみたいだな」

 ルサックの方も少し緊張していたらしい。ふうっと息を吐くと、

「お前がウィリデスやヒュドリアポリスのギルドで受けた、魔力検査の結果から行けるんじゃないかなとは思ってたんだ。たぶん、旧文明人が登録してあったものと似通ったパターンを、お前が持ってたんだろう。他の検査結果とも照合させてもらったんだが、一番近いのがお前だったんだ」

「昔の検査結果、使ったのか」

「悪い、無断で」

「それは良いんだけどさ。ここが開かなかったらどうするつもりだったんだ?」

「行けなかったら行けなかったで、ここを拠点に周辺の遺跡を探索する予定だったんだ。実を言うと……伝説の王のマナストーンのことを話したのも、お前に発破かけるためだった、っていうのが正直なところだったんだ」

 悪い、と重ねて謝るルサックにレイルスは答えず、一歩二歩と開いた扉の先へと進む。

「そんなに謝るなんて、ルサックらしくないな」

「おい、そりゃどういう意味だ」

 レイルスは肩を竦め、自分の背伸びしたような仕草と思い付いた言葉に、照れたようにはにかんだ。

「――どんどん先に行こうってことさ」

 恥ずかしい思いに赤くなった頬を悟られないようにさらに歩を進めれば、後ろから足音が付いて来た。やがて足音は追いつき、隣に並ぶとレイルスの先に行く。一瞬だけ見えたルサックの横顔は、いつもの飄然とした笑顔に戻っていた。


 扉の先にあったのは、無機質な長い回廊だった。石積みの壁が並んでいた城の中とは違い、まるで一枚の板でできているような、硬く滑らかな壁に囲まれた通路は途中で左右に分かれていた。

「どっちに行く?」

「んー、右?」

「右? 右なんかあるのか?」

「それは知らん。そもそも初めて来た場所だからな。いまのは当てずっぽうだ」

 そんな適当で大丈夫かとレイルスは思ったが、自分だってどこに行くべきかは分かっていないのだ。道を覚えつつ行けるところから順に行くしかなかった。

(……それに、ここの情報を売るにしても導機を売るにしても、探索はしないとな)

 遺跡の地図もそれなりの値が付く。行ける場所は全て行く、というのが探索者にとってのセオリーだった。ルサックに従って、まず右にレイルスは向かう。右への通路は一度右に折れ、短い通路の先に、また横にスライドするタイプの扉があった。その扉にも取っ手は無く手動で開けることはできない様子だったが、先ほど開けた扉のような柱状の導機も無かった。先ほどと違うのは、ドアの上部に横長のライトがあることだった。ライトは赤く光っている。

「いかにも閉じてますって感じだな」

「こじ開けられる?」

「最悪そうするが、取りあえず他のところの探索に行こう。この手の扉は、他の場所で仕掛けを動かすと開いたりするからな」

 引き返して今度は左手側の道を行くと、これは左に折れていた。左手側の道の先にも扉はあったが、こちらは目の前に立っただけでほとんど音も無く開いた。

「うわっ……普通に開くのか。ていうか、ここの導機って何で動いてるんだろ……」

「どこかに天然の魔力を引っ張ってくるジェネレーターでもあるんだろうな。できればそれも見付けたいが……この部屋、じゃないみたいだな」

 二人が入った部屋はかなり広かったが、導機どころか物一つ落ちていなかった。白灰色の壁と灰色の床があるばかりだ。倉庫かとも思ったが、倉庫とすら呼べないほどに殺風景でレイルスは軽く困惑する。一方、ルサックは慣れた足取りで壁際までいくと、壁を叩いたりまじまじと見つめながら移動していった。レイルスも横に並び、同じようにしてみる。が、何かが見付けられる気は全くしなかった。

 ――しかし、レイルスが入って真正面の壁の前に立ったときだった。

『魔力配列001系列を感知――』

 ブウン、と虫の羽音のような音と共に、最初に扉を開いたときに聞こえた女性のものらしき声が響き、真正面の壁がぼんやりと光った。かと思うと、光る壁に絵のようなものが映し出された。壁に映ったのは、直立した人間のような形をした、しかしそれよりも遙かに体格の良さそうな、直立した二足歩行の導機人形だった。

「何だ……? 俺に反応してるのか?」

『システム0-01に従って戦闘プログラムをインストールします。戦闘を開始する場合は画面に触れてください。また、システム0-01の説明を希望する場合は画面に三秒間触れ続けてください』

「……だってよ。とりあえず、説明聞くか?」

 レイルスは頷き、画面に三秒手を置いた。すると画面の絵が切り替わった。画面の絵は先ほどの大型の導機人形ではなく、犬や鳥といった動物的な見た目をしていた――ただし、普通の動物とも違った。全身が元の体色とはかけ離れた、青黒い、あるいは赤黒い色をしており、全身が黒いもやに覆われていた。

「……魔物?」

『この施設は陰月獣いんげつじゅうに対抗するための訓練施設です。収拾したデータを基に陰月獣の動きを再現することで、より最適な戦闘訓練を行うことが可能となっています。

 なおシステム0-01は二段階の試験となっており、一戦目では魔導を交えた集団戦を想定した訓練が行われ、二戦目では個人と強力な個体との戦闘を想定した訓練が行われます。二戦目においてA判定以上で勝利した場合、証明としてランクA相当のマナストーンの授与が行われます』

「どうやら、ここは戦闘訓練用の施設らしいな。陰月獣ってのは魔物のことだな」

「え、ルサックは知ってるのか?」

「古代ではそう呼称されてた、ってのが最近の調査で分かってきてるってだけだ。知ってるのはそんぐらいだよ。マナストーンのランク、ってのは現代で言う等級のことだろうな」

 マナストーンはたいていの場合ギルドを通してその質を鑑定され、現代では質に応じて一から五までの等級が付けられている。呼び方が違うためランクAがどの程度の等級に当たるのか不明だが、現代よりも古代の旧文明で作られたマナストーンの方が強力な傾向にあるため、質自体は期待できるものだろう。

 問題は挑戦するかどうか、だが――レイルスの心は決まっていた。

「ルサック、あのさ」

「分かってるって。まずは一戦目だ。集団戦ってからには二人で挑んでもいいんだろ? 俺の準備はできてるぜ」

 レイルスは頷くと、ルサックに向けていた視線をまた画面へと戻した。画面は、最初に映し出された導機人形の絵に戻っていた。

 一つ、短く息を吸って、レイルスは画面に触れた。

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