古城ニダベリル

「でっ……か、すぎだろ……!」


 唖然として開いた口から辛うじて、そんな言葉をレイルスは吐き出した。

 まず目に入ったのは、城壁だった。

 蔦や苔に覆われて緑色をしている城壁は、ところどころ崩れているものの、辺りに生えるモミの木より少し低い程度の高さがある。およそ三十メムだろうか。あまりに高いので、間近に立つとてっぺんが見えないほどだ。分厚い城壁の手前にはいまも水が流れる深い堀があった。堀の中には、泳ぐ魚の鱗に混じって光る、導機の金属片が所々に見えた。城門は開かれていた。両開きの二枚の扉は金属製だったが、片方が、何か重い物を叩き付けたようにひしゃげて内側に開いていた。それを見て、レイルスは息を飲んだ。どういう勢力が争ったのかは分からないが、ここでかつて、とんでもない戦争が起こったことだけは確かなようだ。

「どうだ? とんでもないだろ、旧文明ってヤツは」

 レイルスと並んで城門を見上げていたルサックが言った。探求者として長く活動しているとはいえ、この異様な光景はやはり驚嘆に値するものらしい。しかし――ルサックですら圧倒されるような場所に、自分が踏み込んでもいいのだろうか?

(って、ここまで来て、迷うことも無いだろ?)

 レイルスはそう自分に言い聞かせながら、城門の中へと踏み込んでいった。レイルスが動き出したのを見届け、ルサックも歩を進める。

 途中から半歩先行するような形でルサックは歩いて、レイルスを奥へと導いていく。その背について歩きながら、レイルスは二度か三度、思わず足を止めそうになった。城壁だけでもとてつもない光景に見えたのに、内側はそれ以上に壮観だった。

 城壁を抜けた真正面にまず城があった。幾つかの尖塔を備えた城の壁は城壁よりも高い。蔦に覆われた石壁は、城壁同様に崩れ、風化しているところもあったが、それでも強い存在感を放っていた。正面の城以外にも、兵舎や倉庫だろうか、城と回廊で繋がっている建物が幾つかあった。城の手前は庭園になっており、草木が好き勝手に伸びてはいたが、噴水らしきものの痕跡が見て取れた。

「何か……凄い、大きくて、広いな」

「そうか? そりゃ、普通の遺跡……街跡とか砦よりかは広いだろうが……首都の……シルワオルクスの城の方がデカいぞ」

「そ、そう、なのか?」

 実のところ、レイルスは城というものを見た覚えが無い。ウィリデスやヒュドリアポリスといった国の首都にすら立ち寄った覚えが数度しか無いのだから、当然と言えば当然かもしれない。国からの仕事を任され、その報告に城へ来るよう言われたこともあったが、そういう時は決まってリーダーのバロンが行くことになっており、レイルスは留守番だった。どうやら見聞の狭さで恥ずかしい思いをしたらしい、とレイルスが下を向けば、ルサックは笑ってその肩を軽く叩いた。

「初めて見た城だったんだろ? これから、色んな場所見てけばいいじゃないか」

「そうなんだけどさぁ……何か、田舎者のおのぼりさんみたいな感じで、ちょっと」

「誰でも初めはそういうもんだ、首都生まれでも無い限りはな。さあ行こうぜ、目指すは城の中だ」

「……え、城の中? 開かずの遺跡とか何とか言ってなかった?」

「地上から上はざっと見て回った。言ってなかったか? 俺たちが行くのは地下だ。そこに、意図的に封じたとしか思えない扉があるんだよ」

「ああ、なるほど……その口振り、ルサックがここ調査したのか?」

 ルサックは「まあな」と言って頷く。そして、慣れた様子で城内へと入って行った。城の内外を隔てる扉は蝶番が千切れ、木の扉の残骸はささくれ、腐食していた。踏み込んだ城内はまず左右に廊下が伸び、正面にはまた扉があった。内側の扉は外側に比べて状態がよく見えたが、半ば開けられた状態のままやはり朽ち果てていた。ルサックが向かったのは右側の回廊だった。一度折れ曲がって城の奥へと続く回廊は右側に朽ちたドアが並んでおり、ルサックは、完全にドアが無くなっている部屋へと入った。ドアの残骸が部屋の入り口の横に転がっている。邪魔になって、取り外したらしかった。

「当面の活動拠点だ」

 そう言って案内された部屋の中には、どうやらルサックが使っていたらしい道具がいくつか置かれていた。簡素な布製のボックスに、藁と布を組み合わせて作られた寝台、調査用のものだろう導機もあった。

「ここでしばらく調査してたんだ? 他の探求者が来たりもしたのか?」

「いや、俺一人だ。立地が立地だからな、こんなところじゃ新しい開拓村も作れないし、導機目当てのヤツももっと近場の遺跡を探すさ。まあ、ここに人が来ないのは俺が先にあらかた調査しちまったってのもあるけど」

「ふーん……もしかして、結構儲かった?」

 誰も聞いてないのに、レイルスは声を潜めて聞いた。ルサックは「聞きたいか?」とにやりと笑う。そして、やはり誰もいないのに、レイルスに耳打ちをする。

「……はっ、は、八百万ハリ!?」

 ハリはレングワードで使われている通貨の単位だった。ウィリデスの首都シルワオルクスで衣食住を揃えて暮らすなら、だいたい一ヶ月に八万ハリ前後はいる。もっと田舎に住めば五万もいらないぐらいだろう。つまり八百万とは、環境にもよるがウィリデスで普通に暮らして十年前後は暮らしていける稼ぎなのだった。

 どうしてここがあまり明らかになっていないのか、レイルスには分かる気がした。稼げるという話では済まされない。探求者になるにはそれなりの試験がいるし、不審な者には資格が与えられないことになっている。が、それでも迂闊に情報を喋れば、儲け諸共に命まで奪われかねないだろう。そうそう言えやしないということぐらい、いくら世間に疎いとはいえレイルスにも分かることだった。そう考えると、オリージャの街の宿主アーキラは、よっぽどルサックにとって気心の知れた相手だったらしい。

 レイルスが絶句していると、導機の点検をしていたルサックは苦笑して言った。

「言っとくけど、諸々の経費を抜いたらそれよりかは減るぞ。ここを調べるために買った導機も高く付いてる。ほら、これだ」

 ルサックは床の一部をガコッと音を立てて引っぺがした。どうやら隠し戸になっていたらしい。床下に掘られた収納スペースから引っ張り出した導機を、ルサックはレイルスに見せた。そこにあったのは三脚と、人の顔ほどもある四角い箱のような物体だった。

「なにこれ?」

「測量計だ。地面の下の空間を図るためのものでな……で、こっちのアタッチメントを付けて、専用のマナストーンを取り付けると、今度は魔力計測用のソナーになる。波動の強弱を図る物で、メチャクチャ高かった」

「あ、何か聞いたことあるかも。ギルドとか、あと国の研究機関とかで使ってるやつだろ? いくらするんだ」

「だいたい三百万」

 レイルスの脳みそは、そこで一度完全に停止した。金銭的な価値観が狂いそうだった。食費だけで何年食ってけるんだろう、光熱費を含めたらいくらぐらいだろうなどという庶民的な金勘定が頭の中をぐるぐると巡る。たぶんルサックは得をしているんだろうが、それにしたって機材だけであっさりと三百万の物を買い、しかもこんなところに放置してあるなんて――と思うだけで気が遠くなる。

「……ルサックって……もしかして、どっかの王子様?」

「王子!? 俺が? 俺は違うぞ、俺は。てか、なんで王子」

「いや、凄い金持ちなのかな、って」

「言うほどのもんじゃないさ」

 嘘だ、と思わずレイルスは睨むような視線をルサックに向けてしまう。ルサックの口元が引きつる。降参、と言わんばかりにその両手が上がる。

「いや、ほんと、本当に王侯貴族とかそんなんじゃないんだって。この機材だって後払いでな? 成功報酬式というか、ウィリデスのお偉いさんを丸め込んでアレコレして……と、ともかく大変な思いして買ったんだよ」

「……まあ、いまの俺なんかじゃ到底できないようなことしたってことだけは、分かるよ」

「いまにお前だって、一流の探求者になって荒稼ぎできるって」

 ルサックはそう言うが、数百万という金のやり取りを自分ができるようになるなんて、到底思うことができないレイルスだった。

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