魔導の大剣
船着き場に着くと、正面以外に壁がある東屋のような待合室で、ルサックが待っていた。探求者仲間だろうか、誰かと言葉を交わしている様子だったが、レイルスの姿を認めると、会話の相手に一言何かを言って待合室のベンチから腰を浮かせた。かと思うと、レイルスの持っている黄色い果実を見て目を丸くした。
「何だそりゃ? 買い食い……でもないな。食っても不味くてしょうがないし」
「え、不味いのかこれ」
「マルモントの実は薬に使うんだ。炎症や解熱の薬だな……割と良い値が付くもんだが、どっかの商人に騙されたのか?」
「違うって」
ルサックの隣に腰を下ろすと、レイルスは先ほど出会った二人組のことをルサックに話した。この辺りでは見ないような格好の、恐らく若い女性に、落とし物を渡したお礼に黄色い果実を貰ったこと。そして、リン経由でベルダーから渡された剣が、異国のものかもしれないということ。話しているうちに、レイルスは特に後者のことが気になり始めた。出所もそうだが、男の言った『己の力量と相談しろ』という言葉が気を引いた。
「力量と相談って、俺じゃ力不足……ってことなのかな、って思って」
「まだそんなことで悩んでるのか?」
「い、いや、そんなことはないよ。普通にこのぐらいの大剣も、使えるようにはしてるし……」
一種類の武器しか使えないと、探求者としての強みというか引き出しが無くて食うに困ると思われたのか。ベルダーからは長剣以外の扱いも教わっていた。父から教わったことがあったのは剣と、狩りに使う短弓、それと投げナイフぐらいだったのだが、ベルダーはより多くの武器の扱い方を教えてくれた。……もっとも、そのどれもが一流とは言い難い腕なので、それが良かったことなのかどうかレイルスには分からなかった。
「何にせよ、普通に振るう分には問題無さそうな剣に見えるが……これ、何て言って渡されたんだ?」
「え、特に何も……ベルダーの――パーティメンバーの一人から頼まれたって言って、リンっていう別のメンバーから渡されたんだ」
「ふーん。ちょっと見せてみろ」
レイルスは、ルサックに剣を預けた。思えば剣の話はかい摘まんでしたものの、昨日の今日でほとんど話題には上がらなかったし、レイルス自身もじっくりと刀身を見たことがなかったことを思い出した。ルサックは待合所から少し離れ、川岸の方へと数歩足を向けた。鑑定のためとはいえ、人目に付く形で剣を抜くのを避けるためだろう。レイルスもルサックの側によって、その刀身を見た。そして数秒の後、
「こりゃあ……精霊銀に似てるな」
ルサックが、呻くように呟いた。漆塗りの黒い鞘から十セムほど抜かれた刀身は、白銀の輝きを放っている。普通の鉄や鋼ではないし、銅剣の類いでも無い。強いて言えば確かに銀に見えたが、銀は柔らかいため武器には向かない。――しかし、精霊銀? レイルスは首を傾げた。
「精霊銀っていうと……古代の導機、特にマナボードに使われてるあれか?」
「ああ。魔力の伝導率が普通の金属に比べて格段に高い。しかも、銀とは言うが鉄鋼のように硬いんだ。武器や装飾品の形で出土することもあるが、あんまり数が無いせいで、精霊銀のナイフ一本でも見つかれば水都ヒュードラに豪邸が建つ値段が付くとも言われてる」
「えっちょ、え? そ、それと似てるってことは……!」
もしかして、物凄い値打ち物を貰ってしまったのか――!? とレイルスは喜ぶより先に肝を潰しかけた。そんなものを平然と背負っていた自分が信じられない。もし盗難に遭ったら死んでも死にきれないだろう。自分が損をしたという以前に、そんなものを自分にくれたベルダーに対して申し訳が立たない。
……と、恐れに焦燥を煽られているレイルスに、ルサックは苦笑して「まあ待てよ」と言った。しかし、その苦笑はすぐに引っ込められた。
「俺だって見たのは二回ほどだし、こんなに間近に見たことは一回も無い。それに必ずしも、似たようなものがあったからって、それが精霊銀とは言えないんだ。導機の技術に必要なもんだからな。現代じゃ似たような組成の合金が使われてるし、これもそうかもしれない」
「ああ……じゃあちょっとお高いかもしれないけど、凄い値打ち物ってわけでもない感じか?」
「ところがどっこい、下手すりゃとんでもない値が付く可能性もある。家一つとまではいかないが、質に入れれば一ヶ月は食ってけるものだってあるだろう。……少なくとも、これはそのぐらいの値段がついてもおかしかない。こいつは間違いなくかなり質の良い、疑似精霊銀だと思う。回路に使うだけならまだしも、剣の形に落とし込んでるわけだし。高純度の合金を剣の形にできる量、生産できる技術と国力があるところでこれは作られたんだ。
で……だ、このレングワードで、そんなにも高度な魔導技術を持ってるところって言えば……」
レイルスは息を飲んだ。まさか、と思いながらも、周りに聞かれないよう殊更に声を潜めて言う。
「……まさか、クピディタス?」
「ああ、そうだ。クピディタスの高純度の疑似精霊銀は、その開発に国費を投じた当時の王様の名前にあやかって『イラ鋼』って呼ばれててな……本物の精霊銀と見分けが付かないぐらいなんだ」
レイルスは、ルサックの顔を穴が開くほど見つめ、それから大剣を見て、またルサックへと視線を戻した。
「ヤバイやつじゃん」
ぼそっと呟く。値段がどうとか、家が建つとかいうレベルの話では無かった。
クピディタスと国境を接するウィリデスは、その地理からここ数年に限らず幾度となく彼の国との戦争を経験している。諸国との、特にヒュドリアポリスとの同盟に加えて、ウィリデスには良いマナストーンの鉱脈もあり比較的導機が発達しているため、クピディタスからの侵略を防げてはいる。が、そのために余計に戦争が激化することもざらにあることだった。
そういう経緯があるからこそクピディタスに良い感情を抱いているウィリデス国民はいないも同然だったし、レイルスとてあまり良い気分はしない。
そんなウィリデスで、クピディタスのものと分かる剣を持つなんて――と、軽く絶望しかけた顔が面白かったのか、ルサックはふっと噴き出した。が、すぐに真顔になった。
「何でベルダーはこんなもんお前に渡したんだよ」
「知るかよ!」
「だろうなぁ。まあいいや、ともかく、あんまり気にしすぎない方がいいぞ。どうせ一般人には精霊銀がどうのとか分からんだろうし、真贋が分かるようなギルドメンバーは出所なんてあんま気にしないだろうし。どうしても気になるってんなら今度手紙でも送って、出所でも聞いてみればいいんじゃないか?」
「そんな投げやりな……」
ほとんど袂を別ったような有様の別れ方だったのだ。ギルドに預ければ手紙は届くだろうが、そもそも筆まめとも言い難いレイルスにとって手紙をベルダーに送るのは至難の業だった。……が、それでもそのうち一筆書くことになるだろう、とレイルスは思った。流石に、なんでこんな物を持っていたのか、ベルダーには聞いておかなければならないだろう。
頭の中で、どういう切り出し方をしたものかと手紙の内容をレイルスは考え始めた。
その思考を中断するように、心配させないためかわざとらしくのんきそうな声で、ルサックが一つ付け加える。
「ああ、そうだ。言い忘れるとこだったが、真性だろうが疑似だろうが、精霊銀が使われてるってことはそれ、導機だからな」
「……はい?」
「聞いたこと無いか? 振るわれれば焔が野を薙ぎ、あるいは雷が鎧を貫く、クピディタスの魔導剣のハ、ナ、シ」
レイルスは、口元を引きつらせて頷いた。魔導を使うにはマナボードに触れながら、魔力を充填しなければならない。武器とマナボードを片手ずつ持つという性質から、大剣や槍といった両手持ちの武器は扱いにくいし、たとえ片手持ちでも構えが崩れるため、どうしても隙が生まれがちだ。
しかし、クピディタスの魔導剣にはそれが無いと言われている。剣を構えた体勢を崩さず放たれる魔導。あるいは、炎や雷をまとうことで斬撃を防ぐことを難しくした剣術は、対クピディタスとの白兵戦で最も脅威になる戦法の一つだった。
「力量が問われるってのはそういうことだ。ま、気が向いたら使えばいいだろ、強力なことに変わりはないし」
「そっ……んな、軽く言うなって!」
「重く考えてもしょうがないだろ、手元に剣あるんだから。貰い物だし、おいそれと質屋にもぶち込めないだろ? ほら、船が来るぞ。とりあえず、考えるにしても乗ってからにしようぜ」
気付けば、船が接岸するところだった。レイルスは慌てて大剣を背中に背負い直し、自分の荷物を確認した。忘れ物はしていない。ただ、背中の剣が、いまは重くてしょうがなかった。
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