新たなる導き
「ワレンスさんが亡くなってから、もう三年も経ったんだな」
船室から甲板に出ると、舳先の方を眺めながらルサックが言った。うん、とレイルスは言葉少なに返事をする。
朝に立つ川霧を割りながら進む船の上に、二人はいた。
というのも、昨日食事を取りながらウィリデスへと戻ってきた経緯をレイルスが語り、父の墓参りのために故郷に一度戻ることを話すと、ルサックは行動を共にすると言い出したのだ。一人旅が心細かったレイルスにとってはありがたい申し出だったものの――
「……本当に良かったのか?」
「ん?」
「俺に付いて来て……遺跡の調査とかあったんじゃないか?」
そう尋ねると、船の先に続く川面を眺めていたルサックは、レイルスの方を振り返った。
「無くはないが、どういう仕事をやるかの裁量は基本各探求者任せだ。仕事ばかりじゃ息が詰まるだろ? それに、俺もワレンスさんには長いこと挨拶に行ってなかったからな。それとも、俺が来るのは不満かい?」
「そんなわけないだろ!」
慌ててレイルスは否定し、首を横に振る。
「二年も一緒に組んでたんだ、あんたの実力はよく分かってるし、頼もしいって思ってる。けど……」
――だからこそ、自分みたいな中途半端な、上級パーティからも外されるような探求者が一緒にいるのは迷惑になるような気がした。ギルドに入りたてで右も左も分からない自分の面倒を、二年間ずっとルサックは見てくれた。まだ子供だったあの時はそれでよかったが、いままた頼り切りになるのは迷惑になるだろうし、自分だって恥ずかしい――そんなことをレイルスが考えていると、ルサックは突然声を上げて笑い始めた。
「お前、もしかして実力不足で悩んでないか? 俺の負担になるとか、迷惑かけるとか、そう思ってるだろ」
「……な、なんで分かるんだ」
「分かるに決まってるだろ、二年も組んでりゃな。そ、ん、で……お前の実力が俺に比べて不足してるとか、そんなことは無い。全然無い」
きっぱりと言い切られたところで、レイルスはその言葉をすぐには受け止められなかった。「いや、でも」ととっさに言葉を返そうとしたレイルスだったが、
「でも、じゃない。何だ、もしかして、たった一年ぽっちしか一緒にいなかったパーティに戦力外を食らった程度で、俺の言葉が信じられなくなったのか?」
「そ、それは……けど俺、魔導の適性はそんな無いし、剣術だって」
「魔導の適性は俺の方がだいぶ低いと思うぞ。ヒュドリアに行って適性検査しなかったのか?」
「え? した……ような気がする、けど」
体内魔力のマッチングテストは、概して十八歳になってから行われる。慣例的な側面もあるが、心身の成長が安定するのがその辺りであり、魔導適性の傾向もその辺りではっきりとしてくるという理論的な理由もちゃんとあった。ただ、若くして探求者になる者は、十八歳以前にテストを行うこともしばしばある。ウィリデスにいた時も一度、レイルスはテストを受けていたのだが、
「まだ魔力が安定してないとか言われて……この国にいた時と一緒で」
「ああ、じゃ絶対お前の方が俺より適性は上だな」
「何でそう言い切れるんだよ?」
「適性の低い人間は、全体的に適性の水準が低い状態で成長しなくなった状態なんだ。成長がすぐ頭打ちになるから、早い内から魔力量や属性傾向が安定するってわけだ」
つまり、未だに安定しないレイルスはそうではないということだった。
――あんたに無いのは、実力じゃなくて、実績と自信よ。
行きがけに言われた、リンの言葉をレイルスは思い出した。魔導の実力自体はあるかもしれない。単に、環境が整っていないだけで。
「それと、剣術の腕だけどな。……いいか、客観的によーく考えろ。護衛二人を、馬付きとはいえ単独で守りながら、動きの素早い魔物相手と戦えるやつに、剣の腕が悪いなんて言えるわけないだろ?」
反論のしようが無い正論で、レイルスは大人しく頷く。ただ、やはり自分が強い、良い剣の使い手だという自覚はほとんど無かった。むしろルサックは無理に褒めようとしているのではないか、とすら思っていた。
(……だって、ルサックが来てくれなかったら、どうなってたか分からなかった)
もっと上手くやれたかもしれない。そう思うと、ルサックからの讃辞も素直には受け取れなかった。
「元のパーティで何言われたかは知らんが、まあ気楽にやれよ」
「……うん」
「ところで、ヒュドリアから離れたってことは当分こっちにいるんだろ?」
「あー……まだあんまり考えてないんだよ。まあヒュドリアに行ったのも、修行半分、社会勉強半分みたいなもんだったし。こっちに戻って活動するのも、いいのかもな」
「だったら、ちょっと手伝って欲しいヤマがあるんだが、どうだ?」
手伝ってほしい、とは言うが、ルサックなら単独で大半のギルド仕事はできるだろうし、声をかければ一時的にでもパーティに加えたいという探求者は多いだろう。こうして声をかけてくれているのは心配されているか、気晴らしに誘おうとしてくれているのだろう――たとえそうだったとしても、申し訳無いと思う気持ちよりも嬉しいと思う気持ちの方が強く、レイルスは「何するんだ?」とすぐに聞き返した。
しかしルサックはすぐには話さず、レイルスを軽く手招きする。何事かと思ってレイルスが近付くと、顔を寄せてきたルサックが、とっておきの秘密話でも持ちかけるように低い声で囁いた。
「伝説の、王のマナストーン探し」
「伝説の……王の、マナストーン?」
レイルスは少し困惑して聞き返す。伝説、という単語に心が惹かれないでもないが、そもそもその伝説という言葉どこに引っかかってるのか。
「王が伝説なのか? それとも王のマナストーンが伝説なのか?」
「あ、そっから聞く? 勉強熱心だなぁお前。ここで言う伝説ってのがどっちにかかってるのか……は、ちょっと分からないな。ただ、噂には上ってるけど中には入れない、不思議な遺跡があってな……」
「……じゃあなんでそこにマナストーンがあるって分かるんだ?」
確かに、遺跡からはよくマナストーンが見つかる。それは遺跡となった旧文明の都市や要塞には魔導機械が残っていることが多く、それを動かすための動力となる、マナストーンやマナカートリッジといった物も合わせて見つかるためだ。マナストーンは純粋な魔力をエネルギーや現象に変換するものである一方、マナカートリッジは魔力を溜め込み、マナストーンに力を与えるものだ。
導機の性質上、マナストーンは特に数が見つかりやすい。……理屈としてはそうなのだが、だからといって『伝説の王のマナストーン』と言われると、流石のレイルスもうさんくささを感じた。
「さあ、なんで分かるんだろうな。……なんて言ったら信用もへったくれもないよな。少々込み入った話、というか学術的な話になるんだが……かいつまんで説明すると、偉い学者先生がたが様々な文献を突き合わせた結果、その中には入れない遺跡は、恐らく旧文明における戦場……しかも王様が戦った砦や城みたいな場所だって分かってきてな。
俺たちのマナボードは、そういった時代の戦闘用の道具だってのは知ってるよな? そういう古戦場の遺跡があるってことは、十中八九そこには古代産の良いマナストーンがあるってわけだ。伝説ってのはまあ、尾ひれのついた表現だけどな」
「へえ……でも入れないんだよな?」
「まあな。入れないけど、外周部にもマナストーンが転がってたりしたし。そもそも調査だって完全に済んだわけじゃない遺跡だ。……緊迫したご時世だからな。過去の遺物が強力な戦力をもたらす可能性があるとは分かってても、人員を割けないって事情もある。だから独り身でフットワークが軽い、俺みたいな探求者に話が回ってきたりするってわけだ」
なるほど、とレイルスは頷く。だいぶ話が分かってきた。ルサックが適当な事を言ったりはしないだろうとは思っていたものの、事情が分かるに越したことはない。ヒュドリアポリスに比べ、ウィリデスの遺跡調査が比較的進んでいないというのも事実だ。人手が足りないというのなら、探求者としての本分を果たすのもやぶさかではなかった。
「面白そうだし、その話、乗るよ」
「そうこなくっちゃな。良いマナストーンが手に入ったら、お前にやるよ。どっちみち、俺じゃ大して力を引き出せないだろうからな」
「……売り払ったら、良い金になると思うけど」
職無しで懐にもさほど余裕の無いレイルスとしては比較的真剣に言っていたのだが、ルサックは豪快にそれを笑い飛ばした。
「ははは、言うようになったじゃないか、レイルスも。確かにそれで生計立てるのが探求者だ。けど、そういうことするのは充分な力を付けてからだな。一抱えの稲穂は一日分の飯になるが、植えればもっと実がなるだろ?」
つまりは、得た力でもっと色々な事ができるようになる、という話だった。そんな上等なマナストーンを自分が使いこなせるかは分からないけれど、とレイルスは思いつつ、まだ見ぬマナストーンに心を惹かれていた。
(伝説の、王の、マナストーン……か)
どこがどう伝説なのかはやはり分からない。ただ、レングワードの歴史は未だに知られていないところが多い。歴史として残っているのは大半が近代、およそ二百年以内のものばかりだ。そして、
ウィリデスの深い森の中には、伝説が眠っている。
そんな考えにレイルスは、否応なしに心を躍らせていた。
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