古き恩人

 伐採場に現れた魔物の数は、十二匹にも上った。

「最近増えてる……っていっても、こんな街の近くでここまでの数が出るってのはちょっと異常だよなぁ」

 そうぼやくように言いつつも、大したことのないような雰囲気を醸しながらルサックは言う。そうだね、と返すレイルスの声は疲労にまみれていた。

 あの後、ルサックと合流したレイルスは、木こり二人を連れて街へと逃げ伸びることに成功した。マンダリンのパーティにはギルドが派遣した応援が合流し、結局死者を一人も出さずに魔物を全て退けたのだった。しかし、死者が出なかったとはいえ負傷者は出た。

 レイルスも負傷者の一人、というよりレイルスが一番負傷の度合いが深かった。偶然にも、応援のために呼び出されたパーティの中に治癒魔導の使い手がいてその人の世話になったのだが、それでも、孤軍奮闘による疲労は深かった。

 そんな状態のレイルスを、ルサックは適当な宿の一室に放り込んだ。まだ宿無しだとレイルスが言うので、自分が使っていた部屋でひとまず休ませるためだった。

「ルサックは……この辺にずっといたんだっけ」

「基本はウィリデスでの活動だな。ヒュドリアの方はこっちより魔物が少ないらしい……っていうか、こっちの方でやたら見るようになった感じなんだが、どうだ? やっぱあんなには見ないか」

「ちょっと、初めてかな。……それより、どうしてあそこに? ルサックにも応援要請が行ってたのか?」

「それもあるが、お前が凄い勢いで馬を走らせてるのを見てな。何かあるだろうと思って追いかけてったら、あんなことになってたってわけだ」

 ベッドから少し離れた、テーブルの前にある椅子に座っていたルサックはそう言って笑うと、持っていたグラスに口を付けた。半分ほど残っていた葡萄酒がその一口で飲み干される。

 酒を飲むルサックを見ると、レイルスはそんなに酒というものは美味しいのだろうかといつも思う。飲酒が許される年齢は国によって違うが、ウィリデスでもヒュドリアポリスでもレイルスはまだ飲める年ではなかった。ルサックは、レイルスより一回り上だ。ただ、いまのレイルスと同じほどの年にはもう酒を飲むようになっていたと言っていた。「探求者は何事も経験しないと」というのは本人の弁だが、法を破るのはどうなのか――と、レイルスはルサックが酒杯を傾けるのを見る度に思い返すのだ。

「にしても……久しぶりに会ったのに、あんな再会の仕方って無いよな」

「そうか? 探求者らしい顔の合わせ方なんじゃないか」

「探求者の本分は遺跡と遺物の調査だろ。ああいうのは、どっちかっていうと狩猟団の本分じゃないか」

 そう言って、レイルスは自分の言ったことに引っかかりを覚えた。探求者と狩猟団では役割が違うし、ギルドでも別の部門として管理されている。ギルド発足当時――まだ国からの出資も受けていない『遺跡発掘組合』という名称だった頃には狩猟団というものはなく、後に東側諸国連合の共同出資で『レングワード遺産管理局』になった後、探求者から分派して生まれたのだ。

 マンダリンのパーティは、狩猟団ではなく探求者だ。そもそも人の護衛の仕事は、本来あまり割り振られないはずだった。

「狩猟団は、全員出払ってたのか?」

「まぁな。言ったろ、最近魔物が多いって。街はまだしも開拓村はかなり危ない。新しく見付けた遺跡の障壁が不安定だったり、遺跡産のより出力が劣る新造導機の障壁使ってるところは、瘴気は弾けても魔物は無理矢理侵入してくるってこともある。巡回を止めて街に留まる狩猟団もいまは多い」

「だいぶ……昔と状況が違うんだな。オヤジが狩猟団だった頃は、各地を転々としてるのが普通だったのに」

「親父さんが怪我で引退したのが、もう十年は前のことか……クピディタスが軍隊代わりに魔物を使ってるって話だし、その関係もあるんだろう。何にせよウィリデスのギルドは人手不足気味でな。ギルドも結構人を募集してたりするんだが……国は国で兵を募集してるせいで、そっちに人を取られちまってる」

「兵の募集? 国も魔物に手を焼いてるのか?」

「それもあるが、もっと根本的な問題だ。クピディタスとの戦争だ。ここ数年大規模な侵攻は行われてないが、動きは年々活発になってきてるんだ。魔物の増加も、昔は月の満ち欠けが関係するとか言われてたが、どう考えても近年のはクピディタスのせいとしか思えない」

「クピディタスが……そういえば、ヒュドリアでもギルドの方に国からの人材の募集がかかってたよ」

 クピディタスは西の軍事国家であり、レングワード大陸の実に半分ほどを領地としている。西半分はほぼクピディタス領だと言えるほどの大国だ。歴史上、それまでも断続的に周辺諸国を侵略、併合してきた歴史はあったが、ここ三十年ほどは特にその傾向が顕著になってきているという。

「……でも、よくよく考えたらなんで、国がギルドに人材募集なんてしてるんだろう」

「色々言えることはまあ、あるけどな。聞きたいか?」

「分かるのか? なら、聞いてみたいな」

 しかし、ルサックはすぐには話さなかった。グラスに葡萄酒を並々と注ぎながら、にやりと笑って横目でレイルスを見る。

「聞きたいのか? ……本当に?」

「な、何だよ」

「いや? 国家間のパワーバランスからギルドの歴史や、それに絡むギルドと国との関係とか、癒着問題とか、政治的駆け引きとか、ギルドメンバーの権力欲への意識とか、すげぇ色々あるんだけど。そうかそうか、聞きたいか」

 うっ、とレイルスは言葉に詰まった。どうやら色々込み入った話らしい。そういう事情も全く気にならないわけではないが、疲れ切った状態で話を聞いたところで、話半分どころか八割九割聞き流してしまってもおかしくはない。

「あー……その、また今度、ってわけには……」

「はは、冗談だ、冗談。まあ知っておいた方がいいこともある。それはおいおい話すさ。いまはともかく明日のために休んでろ……と、そうだ。食欲あるか? 飯取ってきてやるよ」

 ルサックが泊まっていた宿屋の部屋は二階にあり、一階は宿のフロントと食堂を兼ねていた。レイルスは大人しくルサックの好意に甘えることにした。怪我をした腕は、治癒の魔法を施されたためかあまり痛みを感じない。しかし体に感じる疲労だけはどうしようもなかった。頼れるときには頼っておけ――というのは、レイルスがルサックに、探求者の後輩として一番最初に教えられたことだった。


 ――レイルスがルサックと出会ったのは、いまから十年ほど前だった。


 正確にはもっと前に会っていたらしいのだが、レイルスは覚えていない。ルサック曰く、お互いにちらっと顔を見ただけで言葉を交わしたことは無かったという。付き合いを持ちだしたのが十年前、ということだった。

 十年前――レイルスが七歳の時。その頃のレイルスは、ウィリデスの北西部にある開拓村で暮らしていた。元は狩猟団だった父が怪我のためにギルドメンバーから退くにあたって、一緒に移住した形だ。

 その時、レイルスの家に顔を見せたのがルサックだった。近辺にあるらしい遺跡調査のため、滞在する宿を探していたルサックを泊めた形になった。当時十九歳だったルサックは、臨時で他のパーティに協力することはあっても基本的に一人で動く、若くして腕の良い探求者だった。

 それまでも、レイルスはずっと父と共に各地を転々としていた。だから村の外の人間が珍しいわけでも無かったし、村の外の話に強い興味を持つわけでもなかった。元々人付き合いに積極的でない方だったから、自分からルサックに話しかけることも無かった。

 ――正直なところ、レイルスはルサックを恐れていたのだ。

 見ず知らずの外部の人間に対する、理由の無い警戒心だった。話しかけられても、会話はほとんどせず、父の影に隠れていた。そんなルサックと懇意になったのは、父の死後の話だった。

 三年前、レイルスの父ワレンスは、重篤な病のため、病床に伏していた。

 そんな折に再び顔を見せたのがルサックだった。死病だと診断された父を前に、うろたえて泣くことしかできなかったレイルスの世話を焼いた者の一人がルサックだった。葬儀や食事といったものは村の人々に援助してもらった。ルサックがレイルスに与えたのは、生きていくための知恵だった。それは森で狩りや採集をするだけではない、町に出て生きていくために必要な知恵だった。


 父が病没した後。レイルスは探求者になった。ギルドに入る前、そして入った後。探求者としての常識や心構えを教えてくれたのは、やはりルサックだった。

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