ラーナ・ギルド

 ラーナ・ギルドは、ウィリデス国内においては首都シルワオルクスに次いで二番目に大きなギルドだった。そもそもウィリデスは周辺諸国に比べても小さな国で、ここと首都以外には、大河ラウーノの支流沿いにある街に一つ支部があるだけだ。

 ラーナも決して大きいギルドとは言えなかったが、ギルドの数が少ない一方で小さな街や村が多いため、集まる人は多い。ギルドに所属する者はほとんどがパーティを組んでいる様子で、レイルスのように一人で入ってくる者は、大半がギルドに依頼をする側の人々だった。

 人が行き来する出入り口の流れに乗って、レイルスはギルドの中へと入っていく。椅子やテーブルが並べられたロビーに、受付のカウンターが対面している一階は基本的には非ギルド会員、つまり依頼人の待合室となっている。多くは狩猟団への護衛依頼だが、探求者に対して、既存の遺跡の調査が依頼されることもある。

 カウンターには受付の係員が三人ばかりいて、忙しそうに仕事をしていた。依頼を受け、あるいは完了した仕事の手続きや、発見された遺跡や遺物の鑑定の手配をする。休む暇も無さそうで、レイルスは人が切れるまで少し待つことにした。

 椅子に腰かけて十分もすれば人の波は一時的に切れ、仕事の邪魔にならずカウンターで話せそうになった。椅子から腰を浮かせ、カウンターに歩み寄って軽く会釈をすれば、相手の方からレイルスに気付いた。

「レイルス……レイルスじゃない? うっそ、うわ~……」

「どういう反応ですか、それ」

 年上の、昔はよく世話になった女性受付員の反応に、レイルスは思わず苦笑した。

「ごめんごめん、大きくなったな~って……本当にレイルス? 背が伸びたわねぇ」

「10セムしか伸びてないですよ。ハティさんは……あんまり変わってませんね」

「あら、私が相変わらず、若くて美人でナイスバディだって? やだわこの子ったら!」

 レイルスは肯定はしなかったものの、否定もしなかった。世間一般で言うところの、美人というほどの見た目ではない。年も四十を越している。ただ、スタイルが良いのは確かだったし、何よりも愛嬌のある笑顔は人を元気付け、惹き付ける魅力に溢れていた。茶色の髪を頭の後ろで束ねていて、こざっぱりとした雰囲気が気さくで話しやすそうなハティは、受付員としての評判が良かった。

「それで、どうしてこっち戻ってきたの? ヒュドリアで夢破れちゃった?」

「んー……夢破れたってほどじゃないんですけど。ちょっとパーティから除籍されちゃって」

「あら~、見る目の無いパーティリーダーがいたもんね。ま、気にしなくても大丈夫よ。ファイト! ……それより、ここに来たってことはここでまた仕事をするの?」

「ああ、いえ。そういうわけじゃなくて。この町で一泊するついでに挨拶に来たのと――」

 船上で一人、船に揺られながら考えていたことがあった。レイルスはそのことについて説明しようとした……が、その時、バタンと勢いよくドアが開く音がしたかと思うと、人が一人「大変だ!」と叫びながら駆け込んできた。ギルドの中は一瞬で緊張感に包まれる。レイルスも駆け込んだ人に目を向けた。肌は日に焼け、筋骨逞しい体つきをしている。髪や体に葉っぱが付いているのを見る限り、恐らく木こりか、少なくとも森で仕事に従事する人足だろう。

「大丈夫ですか? 何があったんですか?」

 受付から出た男性の受付員が、木こりらしき男に走り寄って尋ねる。男は乱れた息を荒く吐いては吸いながら、その合間に事情を話し始めた。

「魔物が、魔物が出たんだ……!」

「魔物ですか? どこで?」

「街のっ……西で、木を切ってたんだ。で、あらかた仕事が、片ぁ付いて……馬車に木材乗っけて戻ろうって時に……護衛に、探求者の人もいてくれたんだが、森の中からうじゃうじゃ出てきて……探求者のマナボードを借りて、俺ひとり逃げるのが精一杯だった」

 そこまで言うと男は大きく息を吸い、むせて咳をした。その手には確かに、探求者の印象があるマナボードが握られていた。受付員がその背中をさすりつつ顔を上げ、一番近くにいたハティを見た。

「ハティ、この人は確か、昼前にマンダリンのパーティに依頼を頼んだ方だね」

「ええ。護衛対象は計三人で一人しか逃せなかった、そして救援要請も自力で出せてない……あの子たちの実力から考えてよほどの事態ね。救援出しましょう。カルネ! いまフリーのパーティに通信を。誰もいなかったら最悪私が時間稼ぎに出るわ」

「は、ハティさん、それは……!」

「待ってください!」

 ハティの言葉にレイルスは声を上げた。先ほどとはうって変わって、表情を硬く引き締めたハティが、レイルスへと視線を向ける。

「レイルス……行ってくれるの?」

「はい。単騎だし、時間稼ぎぐらいしかできないと思いますけど」

「充分よ。魔物は無理に全滅させなくてもいいわ、すぐに人を寄越すからともかく援軍まで持ちこたえることだけ考えてね。最悪、依頼主のグループだけを保護して連れ帰ってきてくれれば大丈夫。護衛対象がいなければ、マンダリンたちの実力なら魔物から逃げられると思うわ。どうにもならなくなったら通信入れてね」

 口早に言われたことにレイルスは頷き、それから床に尻もちをついている男から詳しい場所を聞いた。現場まで案内する、と男は言ったが、守り切れる自信が無いと断った。幸いレイルスは土地勘があり、男の説明でも現場がどの辺りかは充分に理解できた。

 手短に説明を聞いて、レイルスは勢いよく外へと飛び出した。

 すぐ西に向かうのではなく同じ通り沿いにある店へとまず入る。入ってすぐのところにあるカウンターに立っていた従業員は驚いた顔をしたものの、急いだ様子のレイルスがマナボードのカバーを見せるとすぐ、手元にあった真鍮のベルを鳴らして奥へと声をかけた。

「早馬一頭! ……領収はギルドから受け取ります、表へどうぞ」

 礼を言う時間すら惜しく、レイルスは頭を下げるとすぐに表へと出た。数秒の後に馬が引っ張られてくる。やや細身な体躯をした白馬だった。鞍には手の平大の丸い魔導障壁が吊り下げられている。

 レイルスが駆け込んだのは馬屋だった。ギルドとも協力関係にあり、有事の際には優先的に駿馬を回してくれることになっている。ラーナの街はそう大きくはない街とはいえ、中央からやや東寄りに位置するギルドから西の出口へはそれなりの距離がある。街から出て少し距離があることも考えると、馬はどうしても必要だった。

 レイルスは白馬の背に飛び乗ると手綱を打ち、馬を疾駆させた。


 石畳を叩く蹄の音が高らかに鳴り、人々は思わず白馬とその背に乗って銀の髪を揺らす少年を見た。真昼よりだいぶ経ち、暮れよりも少し前の長い影が落ちた道は、幸いなことにそう混雑していなかった。馬で人をはねるような心配もほとんど無く、道行く人をレイルスは馬上から見渡せたし、歩行者も白馬の姿がよく見えた。道をあえて横断する者はおらず、みな驚いて足を止める。

「――レイルス?」

 その中で一人、確認するような呟きを漏らした男がいた。無造作に伸ばした栗色の髪の下から覗く、琥珀色の瞳が白馬が走り去った先の道を見つめていた。

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