急行!カプト村
レイルスがギルドに入ると、そこには険しい顔をしたギルドメンバーの面々が揃っていた。頭数こそ夕食を取る前よりも少なかったが、恐らくパーティリーダーだろうと思われる風格や威圧感を誰もが備えていた。やや気圧されたレイルスだったが、それでも探求者の端くれとして――何より故郷が戦火に襲われかかる身として、話を聞かないわけにはいかなかった。
「む……君も来たのか」
ギルドのほぼ中央、カウンターの前に立っていたバロンは不満げな顔を見せた。が、カウンターの奥からギルド職員が出てきたのを見て、レイルスにかまけていられないと言わんばかりに視線を外し、ギルド職員と二言三言と言葉を交わし、表情を引き締めて自分を取り囲むギルドメンバーたちに向き直った。
「諸君、恐れていた事態が起きた。西方よりクピディタスの進軍が始まったという報が入った」
静かな語り出しに、どよめきは起こらなかった。ただ、張り詰めるような緊張が空気に漲るのをレイルスは感じた。
「軍本隊は陸戦部隊が中心であり、その進軍経路から、フェルウォル渓谷を越えて港湾施設のトロタを抑えると思われる。しかし、これに際して各地で魔物の数の増加、活性化が確認されている。これらは恐らく連中の先遣部隊、ないし威力偵察の役割を持つものだ。この魔物たちがまず戦線を押し上げ、本隊はその後にフェルウォルを越えて陣を張ることが予測される。
魔物どもによって各地の開拓村が襲撃される可能性があるが、我々派遣部隊に余剰の戦力は存在しない。一部をオリージャ防衛に残し、我々はトロタへと急行する。ウィリデス軍と合流の後、西進して遊撃部隊として敵の迎撃、陽動、および市民の避難誘導に当たる。何か質問は?」
簡潔な説明の後に設けられた時間で幾つかの質問が飛び交った。敵の規模、主となる武装、予想される戦場の状態など様々な情報が飛び交っていたが、レイルスは気もそぞろにそれを聞いていた。やはり魔物が押し寄せてきているのだ。カプト村も襲われるかもしれない。ただでさえ他の開拓村よりもややクピディタス領にやや近い場所にあるのだ。ルサックがいるとはいえ、夜陰に紛れて集団で襲いかかられれば犠牲者が出てもおかしくはないだろう。
(俺が行って、助けられるか分からないけれど)
それでも、何もしないでいるわけにはいかなかった。レイルスはその場を密かに抜け出そうと、なるべく気配を消してドアを開けようとした。……が、
「レイルス、どこへ行くつもりだ」
先ほどまで他の探求者と話していたバロンが、目聡くレイルスの姿を見咎めた。渋々、レイルスはドアノブから手を離し、軽く両手を上げて口を開く。
「行くところができたんだ。暮らしてた村が魔物の襲撃に遭うかもしれない」
「何を言うんだ。君にはスパイの疑いがかかっているということを忘れたのか?」
「だから俺はスパイじゃないって!」
「だが信用させられるだけの証拠は無いだろう。怪しげな者とも通じていた。本当なら兵に引き渡したいところだが、僕のパーティに入って、監視下でウィリデスの、そしてヒュドリアポリスのための武働きをするというのなら見逃してやろう」
何かの冗談かとレイルスは思った。パーティを抜けるよう言ったのは他でも無いバロンだ。そのバロンが、どうしていまさら自分のパーティに入れと言うのか。身の潔白を証明させるために何故指揮下に入って戦わなければならないのか。もしパーティにいる間に何も起きなかったとしても、どうせ『監視下にいる間は大人しくしていただけだろう』とでも言われれば、結局は疑惑をふっかけられたままになる。――何よりも、バロンのパーティにいてはカプト村に急行することは絶対にできないだろう。レイルスは首を横に振った。
「スパイ呼ばわりしたけりゃそうすればいい。捜査だって投獄だってなんでもすればいいだろ!」
「なっ……自分の立場を分かっているのか? 君は身の潔白の証明を放棄するというのか!」
「俺の身なんてどうでもいい! それに、お前の疑惑なんかもだ! ……俺には大切なものがあるんだ」
レイルスは今度こそドアを開けてギルドの外へと出た。
「待て、レイルス!」
背後から追いかけてきたのは、バロンの声だけだった。
街路に飛び出したレイルスは、荷物を取りに宿へと駆け込んだ。すると、そこにはレイルスの荷物を持ったアーキラの姿があった。
「その様子だと、やっぱり始まっちまったか。出ると思って荷物持ってきておいたぞ」
「ありがとうございます!」
「っと、待て待て! 急ぐ気持ちも分かるが渡しとくもんがあるんだよ」
そう言ってアーキラが差し出したのは、ブローチに似た、しかし装飾性のほとんど無い丸い物体だった。
「ハンズフリーのライトだ。かなり強力な奴だ、持っていきな」
「助かります」
「それともう一つ、こっちは預かりもんだ。あの異邦人がお前にってな」
「異邦人……バサルトさんが? ってこれ、マナカートリッジ……!?」
ライトを胸元に付けたレイルスは、それを見て驚きに声を上げた。円筒状の、指よりもやや太い、曇った水晶のようなそれは紛れもなくマナカートリッジだった。大型の導機を動かすために使われることが多いが、手の平ほどの大きさのそれは恐らくマナボードかそれに類する物のためのパーツだろう。
「お前さんが持ってる剣に組み込むパーツらしい。俺はそういうのに詳しくないから知らんが、あの異邦人曰く『剣に魔力をまとわせるためのもの』だそうだ」
「これが……」
レイルスは背負っていた剣を下ろすと、柄の辺りを探った。部分的にスライドする場所を見つけ出してその場所を開け、空洞になっている柄の中にカートリッジを組み込む。
「これでマナストーンを通して、ここに魔力が溜まるはず……だけど、使いこなせるか……?」
「四の五の言ってる場合じゃねえんだろ? 知り合いの漁師を叩き起こして、カプト村までの船を用意しておいたぜ。行くんなら船着き場にある、船尾に白と青と黒の旗を掲げた船を探しな」
「すみません、何から何まで」
「いいってことよ。カプト村には世話になった奴もいる、何とかこっちまで逃がしてやってくれ」
「はい!」
レイルスは剣を担ぎ直し、船着き場へと向かった。船着き場にはほとんど人がいない。バロンが各探求者のリーダーに指示を出して、それからリーダーが宿で待機していた者たちを連れて行くのだろう。はち合わせなくてよかったと安堵しつつ、レイルスは焦りを抱いて目的の漁船へと近付いた。漁船には灯りが付いており、近付くレイルスの姿を見付けた船長が、甲板の上で手を振っていた。
「あんたがアーキラの言ってた探求者か!?」
「はい! レイルスです!」
「話は聞いてる、乗ってくれ!」
レイルスが甲板に飛び乗るやいなや、船長が操舵室に入ってエンジンを入れた。この辺りの漁船としては珍しい導機式の船だった。岸を離れた途端、船はいきなり加速し、危うくレイルスは転びそうになって操舵室の壁にしがみついた。下りの流れに乗った船は客船よりも遙かに速く、そして遙かに乗り心地が悪かった。運んでくれる礼や経緯など口にすることもできず、レイルスはただ、闇を力強く照らす漁船の投光器に照らされた黒々とした夜の川と森を、水飛沫越しに睨んでいた。
船は流れを遡上する客船の、おおよそ半分以下の時間でカプト村近郊の港までレイルスを送り届けた。船から下りたレイルスの背中に、船長のよく通る大声がかかる。
「オレっちは一度町に戻る。この船だけじゃあカプト村の人らを乗せきれないんでな。今度は大人数乗せられる船を持ってくる。その間、あんたは引くに引けなくなっちまうが……」
「大丈夫です! ここに戻ってくる時は、村のみんなを連れて来た時だけです!」
「ああ分かった、死ぬなよお若いの!」
船が岸を離れるのを待たずに、レイルスはカプト村への道へと足を向けた。かつては歩き慣れていた道だったが、レイルスのよく知るその姿は闇の中へと隠れていた。頭上に張り出した枝と乱雑に並んだ木々が道を見失わせ、方向感覚すらも奪ってくる。魔導の灯りを浮遊させても、周囲が多少照らせる程度で、数メム先の道があるのかどうかすら分からなくなるほどに闇が濃い。胸元のライトを付けることで辛うじて道が先に続いているのが見通せたが、光が届かない場所は、かえって闇を濃くしているように見えた。
しかし、レイルスの内に恐れが湧くことは無かった。あるのは焦りだった。暗闇の森の道へと走るレイルスの脳裏にあるのは、最悪の結末を迎えたカプト村の光景だった。それは、かつて出会って心を通わせた少女が住んでいたグラナトの集落の、あの惨劇の痕跡をそっくりそのまま映したような光景だった。
(知らないうちに、見えてないところで、大事なものが無くなってたなんて――そんなことが二度もあってたまるか!)
視界ではなく感覚がレイルスを走らせていた。視野が狭くなったわけではなかった。視覚、聴覚、そして嗅覚。それらの感覚が、道の先にあるのが夜の眠りに身を任せた平和な村ではないと伝えていた。闇の向こうに時折、光がちらつく。それは街灯やかがり火というほど慎ましやかなものではない。弾けるような閃光だった。木々の間から見える光、そして耳に届く音――爆音や轟音が最初に聞こえ、近付くにつれて吠え声や何かを叩き付けるような鈍い音も聞こえてくるようになった。鼻先には何かが焦げたような、火と煙の臭いが届いていた。近付くにつれそれら全てがはっきりと鮮明になっていく。間違いない、そこでは戦いが繰り広げられているのだ。
(ルサック……村長、みんな……父さん!)
祈るような気持ちで、乱れる呼吸のせいで出せない声に変わってレイルスは心の中で叫ぶ。それとほぼ同時に視界が開けた。
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