「柴崎くんと私のひみつ」
サカシタテツオ
□柴崎くんと私のひみつ
『ぽん』
そんな可愛らしい音がして私は目を覚ました。
ーーヤバ、私寝てた?
今は古典の授業中。
5限目でお腹いっぱいだし、なんか空気も暖かいし・・・。
周りを見渡してみると、うたたねしてる人がチラホラ見える。
隣の席の柴崎君はしっかり起きて先生の話を真剣な顔で聞いている。
ーー真面目だよなぁ。
『ぽん』って音は自分にしか聞こえてないみたいで、みんな何事もなかったように授業を受けている。
それぞれのスタイルで。
この音が聞こえるようになったのは今年の4月。
去年一年ずっと死ぬ気で勉強を頑張って、自分の実力より少し上の進学校へ入学した。
新学期に入ってすぐに聞こえ出したこの謎の音。
『ぽん』っとかわいい音については自分なりの答えを出していた。
ーー受験勉強のストレスのせい。
ゴールデンウィーク目前でなんとなくクラスの中に仲良しグループが出来始めているけど、私は少し出遅れていた。
背伸びして進学校に入ってしまったので、同中の人が少なかったのだ。
ーーはぁああ。受験勉強から解放されても全然楽しく感じない。
別にハブられたりしてるわけじゃないけれど、何となく会話に入りづらい。
それにあの『ぽん』っと鳴るかわいい音。
あの音が聞こえる症状がまったく治らなくて、その事自体がちょっとストレスになり始めていた。
音が聞こえるのは学校に居る時だけ。
しかも授業中が多い。
勉強のしすぎで勉強が嫌になっているのかもしれない。
だからその音について少し敏感になってきていた。
私は音が聞こえる条件をあれこれと思い返してノートにメモしながら考えてる。
ーー授業中なのにね。
わかったこと。
学校。しかも授業中。
割と午後が多い。
体育や選択授業の時には聞こえない。
ーーさっぱりだ。お手上げ。
「あれ?」
しまった。思わず声が出ちゃった。
誰も気にしてないよね?
慌てて周囲を見てみるけど、誰も気にしてない。
というか寝てるよね。みんな。
隣の席の柴崎君までうたた寝中だ。
ーーこの先生の授業って退屈だもんね。
真面目な柴崎君が寝ちゃうほどに。
ーーそうだ。
ーーさっきのヒラメキ。あれを確認しないと。
このクラスの授業のスケジュール。
つまり時間割。午後の授業の確認。
ーーやっぱり。
午後の授業は普通にしてても眠くなる。
でもコレは「ワザとやってるの?」と言いたくなるような時間割。
古典や日本史、世界史とか、暗記が基本の授業ばかり集まってる。
そして共通点。
どの授業の先生も話が長くてつまらない。
ーーコレは眠くて当然だ。
ヒラメキを信じてわかって事。
午後の授業は眠い!という当たり前のことだった。
ーーなんにもヒントになんないじゃん!
『ぽん』
聞こえた!
私寝てないのに。意識もはっきりしてるのに。
いつもうたた寝してる時に聞こえてたから気付かなかった。
右。
私の右耳から音が聞こえた。
ーー私の頭の中で鳴ってるんじゃなかったの?
そっと右側を見ると、さっきまで寝ていた柴崎君がしっかりノートを取っている。
ひょっとして彼もあの音で起きたのかもしれない。彼にも聞こえているなら、この音は私のストレスじゃなくて他に原因があるはず。
音の事を誰にも相談できないでいた私は柴崎君に話を聞いてみたくなっていた。
ーーだけど、なんて話せばいい?
『ぽん』って音が聞こえるんだけど、なんて言っても頭が少しアレな感じに思われるかもしれない。
それに入学してからほとんど人と口をきいてないし、柴崎君は男子だし。
ーー色々ハードルが高すぎる!
どうやって柴崎君に話しかけたらいいのか考えてるうちに午後の授業が終わってしまった。
ノートは真っ白のままだ。
ーー私の頭とおんなじだ。
今から思えばだけど、私はアブナイ人だった。
あの時はそんな風には考えなかったけれど。
ホームルームが終わってからダッシュで下駄箱へ向かい、玄関口の柱の影に身を潜めている。
柴崎君に話しかけるため。
話しかけるタイミング、最初のコトバ、色々と頭の中でシミュレートしてみるけれど、どうやっても不自然。
考えているうちに柴崎君は行ってしまう。
私は何も考えず柴崎君の後をつける。
柴崎君が自販機前で立ち止まれば、私も立ち止まり見つからないよう電柱の影に隠れる。
ーー柴崎君が徒歩通で助かった。
どれくらい歩いただろう。
随分歩いた気がするのに、学校の近くから進んでいない気がする。
ぐるぐる回っているみたい。
ーーひょっとして気付かれてる?
「三好さん」
突然柴崎君が声を出した。
私に背中を向けたまま私の名前を口にした。
ーー気付かれてた…。
なんて言えはいいだろう。
なんて話せばいいだろう。
あとをつけてた事をどう説明すればいいだろう。
私の頭はフル回転だ。
「えっと、あの、その、ね・・・」
何もコトバにならなくてしどろもどろ。カッコ悪い。
ーー何やってんの私。
ーー余計にアレな感じじゃない!
柴崎君が振り返る。
なんだろ、少し笑ってる。
いや違うニヤニヤしてる。なんかムカつく。
「三好さんってさ・・・」
柴崎君がコトバを切った。
そしてタメる。
あ!これ!違う!そうじゃない!誤解!!
ダメダメ!好きとか告白とか勘違いされてる!
「まって!違う!そうじゃなくて!」
柴崎君が次のコトバを出す前に私は否定の意思表示だけはしておきたかった。
慌てて口からでる声は、だけどまったくコトバになってくれない。
柴崎君が少し困ったような顔をして、とうとう次のコトバを口した。
「三好さんって僕のストーカー?」
「そんなわけないじゃない!!」
私は生まれて初めて人を殴った。
グーで。
「僕の正体に気がつくなんて、三好さんはなかなか見所があるね」
片目パンダになった柴崎君が語り出す。
ブランコの前で。
顔を空に向け、パンダじゃない方の目に手を当てて、もう片方の手をダンスに誘う貴族様のようなポーズで私に向ける。
ーー恥ずかしい。
公園にいる同世代の人たちの視線が痛い。
厨二病を演じる柴崎君。
学校での静かな印象はかけらもない。
ーーこんなバカなヤツだったなんて。私の信用を返せ。勝手な信用だけどさ。
「僕はね、選ばれし山の神。その末裔。 残念ながら今の時代、信仰が薄れ人々に忘れ去られてしまっているがね」
どこまでも芝居がかったセリフを続ける柴崎君。
恥ずかしくないんだろうか?
豆腐メンタルの私には想像もつかないほど強いメンタル。ちょっと羨ましい。
「えぇっと。三好さん? 少しでいいから反応してくれない? シカトされるのって結構凹むし、今もかなり勇気を出して喋ってるんだ」
勇気を出して厨二病を演じるぐらいなら最初からやめておけばいいのに。
「柴崎君のそのふざけた態度が気に入らない。殴ったことは謝ったし、今も本当に悪かったって思うけど、それでもムカつく、気に入らない」
なんでこんな事になっちゃったんだろう。
そもそもあの可愛い『ぽん』っと言う音について相談できればと思っただけなのに。
ーーそうだあの音。
ーー恥ずかしいけど今の柴崎君より恥ずかしくない!
「私はね、聞きたいことがあったの。柴崎君に」
やっと切り出せた。
長かった。こんなに長い前振りがこの世にあるなんて初めて知った。
柴崎君は私の話を真面目に聞いてくれる。
授業中の真面目な柴崎君だ。
でもさっきの厨二病柴崎君を見てるからなぁ。
「さすがだね三好さん。僕の正体に気がつくとは!!」
台無しだ。コイツに喋ったのは間違いだった。
私も残念なヤツの仲間入りだ。
「いや、そう言うのいいから。
はぁあああ、真面目に話した私もバカだったわ」
もういい。帰ろう。
「ごめん。三好さん。ちょっと悪ノリした。ごめん」
ちゃんと聞いたし、ちゃんと答えるよ。
信じてもらえないかもしれなけれど。と柴崎君は言った。
柴崎君はゆっくりと語り始める。
音の正体。柴崎君の秘密。
別にバレても誰も信じないしねと言いながら。
厨二病演説の内容はそのまま真実だった。
今でも疑っているけれど。
「恥ずかしいからあまり見せたくないんだけど・・・」
そう言いながら見せてくれた。
柴崎君はお尻をこちらに向けて、上着を少し持ち上げる。
「ちょ、何!なんなの?」
『ぽん』
「これが証拠で僕の正体。山の神様の末裔。たぬきの神様」
『ぽん』っと音がする時。
それはしっぽが出る時。
居眠りしていて目覚めた時。
「夏服の季節はどうやって誤魔化せばいいか悩んでるだよね。相談にのってくれない?」
なんてどうでもいい事を真面目に語る。
ちょっと喋っただけなのに、やたらと馴れ馴れしい柴崎君。
真面目なフリして厨二患者の柴崎君。
山の神様、たぬきの神様。
出遅れてしまった私の高校生活はこれからきっと楽しくなるに違いない。
「柴崎くんと私のひみつ」 サカシタテツオ @tetsuoSS
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