第2話 私をよく知る男の子
五年前の六月一日、私は学校の授業を終えるや否や急いで家に帰り私服に着替えて一人で池袋のレコード店に向かった。コーチを務めているバスケット部の練習を休むことはキャプテンに伝えてある。私服はボーイッシュなスタイル。これならたとえ関係者に遭遇したとしても私だとわからないだろう。
向かうのは大手のレコード店である
盤廻堂池袋店は大手レコード店の旗艦店だ。エントランスを入るとすぐにSayaka日本語版発売記念と言う横断幕が壁面に貼られ簡単なステージとテーブルが準備されている。テーブルの上には抽選機。イベントは十三時、十六時、十九時の三回行われるようだ。イベントって何するの?
まずは売場を見に行く。今日発売の日本語版アルバムはニューミュージックのコーナーに置かれていた。すぐ傍に張り付いているのも何なのでちょっと離れた場所から様子を見守る。
中学生くらいの女の子二人組がコーナーに近寄って来る。目掛けてきた感じ。あっ手に取ってくれた。どうする? ってお互い確認しあってる感じ。どれにするか悩んでいるのかな? 楽曲製作者としては全部お薦めです。二人で一枚ずつ選んでレジへ向かって行く。お小遣い限られてるもんね。ありがとうございます。
今度は中学生の男の子。コーナーで確認して、あれスルーしていく。今手に取ったよね? ダメなのぉ? 男の子はカウンターでお姉さんと話してる。
「予約してあります」
予約! すっかり忘れてた。あの男の子はどのアルバムを予約してくれたのかな? さっき私のアルバム手に取ったんだから勿論私のアルバムの予約だよね。
「お待たせしました。こちら本日発売のSayskaの日本語版アルバム四枚ですね」
おぉ! 全部買い! 別名大人買い。二千八百円が四枚で一万一千二百円。大変ありがとうございます。一万一千二百円なんて中学生にとっては大金だろうに。今年のお年玉を全部注ぎ込んだ感じかな。
彼がエントランスに向かって行くので後をつける。抽選コーナーで抽選機を回し始める。四枚ご購入なので四回抽選が出来るようだ。でも全部外れ。残念。四枚も買って貰ったので一つくらい何か当たって欲しいと思ったが抽選は無情だ。
抽選機の係をしている店員さんと何か話している。何だろう。
エントランス周りに急に人が増えてきた。そうだ! 十六時からイベントだ。
係の人がマイクを持ってステージに上がる。
「それではSayaka日本語版発売を記念しての十六時の回のクイズ大会を開催します」
イベントってクイズ大会だったんだ。
「番号を呼ばれた方はステージに上がって下さい。番号は抽選機を回した時の抽選券の番号です」
「十二番の方、十八番の方、二十九番の方、三十四番の方。以上四名の方ステージに上がって下さい。もう一度言います。十二番、十八番、二十九番、三十四番の方ステージの上へどうぞ」
ステージに人が上がって行く。あっ! さっきの大人買いの男の子がいる。せめてクイズで何か当たりますように。
係の人がステージに上がった四人にスケッチブックを渡していく。
「それではこれからSayakaさんに関するクイズを出題します。答えは全てお渡ししたスケッチブックにお書き下さい。制限時間は各問題共に十五秒です。いいですか? それでは第一問」
「ラジオ番組『Sayaka's TalkParadice』は現在毎週土曜日の夜七時から放送されていますが、今年三月までオーストラリアから放送されていた国際放送の周波数は何キロヘルツでしょうか?」
難度高いよ! 何だよ周波数って! 私でも答えられないよ!
「はいそこまで! 答えを見せて下さい」
「2485kHz、5050kHz、5050kHz、3675kHz。正解は……5050kHz。B席とC席のお二方正解」
スッゲー! 正解するんだ! それも二人も! すみません私わかりませんでした。何このマニアックなクイズ。
「次の質問です……」
こうして難度の高い問題が次々と出題される。因みに私は本人ですが正解ゼロです。
「それでは結果発表です。優勝はC席の方。何と全問正解です」
おぉ! と言う声がステージ前の観客から上がり拍手が起きる。あの中学生の男の子が優勝だ。私も思わず「おぉ」と声を出して拍手する。
「お名前を宜しいですか?」
「あ、
「相内くんは中学生?」
「はい、中学二年です」
「全問正解だなんて凄いねぇ。結構難しかったでしょ?」
「あっ、でも全部知ってることだったんで答えられました」
全部知ってたわけ? 勘とかじゃなくて? 本人でさえ知らないことまで? あの子私のこと知り過ぎだ。でも係の人から何やら賞品を貰っている。取り敢えずはよかった。
でも彼はどんだけ私のファンなのか? ちょっと知りたくなった。あれ? ちょっと考え事してるうちにあの男の子がいない! 急いで外に出てみるけど歩道にも見当たらない。うーん、ちょっと話してみたかったのに見失った残念。
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