第3話 五年前の出会い
しかしお腹が空いたなぁ。お昼は新聞部から土曜日の
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりでしたらレジへどうぞ」
元気良いお姉さんの声が店内に響く。
「すみません。チーズベーコンエッグバーガーとミネストローネ。店内で」
ポテトは我慢。
「チーズベーコンエッグバーガーおひとつとミネストローネがおひとつ。以上で宜しいでしょうか?」
「はい」
「五百二十円です。ミネストローネ ワン、シービー ワン プリーズ」
バーガーとスープを受け取り二階の席へ向かう。この時間帯は席はまだ空いてる。
あれ? あの窓際にいる学生服きてる男の子はさっきの子だ。見失ったと思ったら隣のバーガーショップに入ってたのか。私は彼の座っている席に向かい声を掛ける。
「さっき盤廻堂のクイズで優勝してましたよね?」
男の子はキョトンとしている。知らない人から急に声掛けられたんだから仕方ない。
「は、はい」
「ねぇ、ここ座っていい?」
彼が答える前に私は彼の前の席に座る。
「あのクイズ難しかったでしょう? 随分詳しく知ってるようだけど君ってSayakaのファンなの?」
「あっ、はい。大ファンです」
「Sayakaのどこが好きなの?」
「うーん全部かな。曲ももちろん良いんですけどラジオでの話かたとか好きです」
「日本語放送が始まる前から聞いてたんだよね?」
「そうです」
「英語わかるの?」
「ラジオ聴くために勉強しました」
「すごーい」
「ねぇ、いつ頃からのファンなの?」
「最初の国際放送をたまたま聴いてそこからです」
「すっごい初期からじゃない!」
「そうですね」
「ねぇ、Sayakaの曲で一番好きな曲は何?」
「うーん、『Delight in the future』かなぁ」
「またマイナーな曲が好きなんだねぇ」
「確かにあまり知られていないけど元気になれる良い曲ですよ」
「まぁそうなんだけどね」
「お姉さんは何の曲が好きなんですか?」
「へっ? 私?」
「うん」
「わ、私は、えーと、『From S to the world』かな?」
「お姉さんの方がマイナーじゃないですか」
「いいじゃん。好きなんだから。シドニーっていう北半球中心の世界から見たら裏側のマイナーな、だけど素敵な街から世界に飛び立とう! っていう前向きな曲だよ」
男の子は驚いたように反応する。
「えっ? From S ってシドニーの S なんですか? 僕はてっきりSayakaのSでSayakaさんから世界に発信するメッセージだとばかり思ってたんですけど」
あぁなるほどね。そういう解釈ね。でも違うんだなぁ。やっぱりFrom Sydとかにしとけばよかったかな。
「これが違うんだな。シドニーのSなんだよ」
「知らなかった……でも何でそんなこと知ってるんですか? ラジオでも語ってないですよね?」
確かに言ったおぼえはありません。
「えっ? えーと、昔、昔ねシドニーに住んでたことがあって、その時に皆そう言ってたんだよ、うん」
すみません嘘です。誰もそんなこと言ってません。
「シドニーに住んでたんですか?」
「うん」
「向こうでSayakaさんの人気はどうなんですか?」
「オーストラリアよりもヨーロッパとかの方が人気はあるんじゃないかな」
男の子はなるほどと言う顔で納得している。
「あっ、すみません。ちょっとトイレ行ってきていいですか?」
「いいよ」
男の子が席を立つ。日本にも熱心なファンがいることが分かって嬉しいな。
そうだ! さっきのアルバムにこっそりとサインしておこうかな? あくまでもこっそりとね。私は顔出しNGの覆面シンガーなのでライブはしないしメディアにも出ない。サインは殆ど出回っていない。
私は男の子がさっき買ったばかりのアルバムの一枚をこっそり取り出してジャケットの内側にサインと今日の日付、そして『バーガーショップで出会った君へ』と書き込む。世界に一枚だけのサイン入りアルバム。
男の子が戻ってくる。
「じゃぁそろそろ私は帰るね。今日はお話できて楽しかったよ」
私は右手を出す。男の子も右手を出して握手する。
「じゃぁお互い元気でね」
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