バーガーショップで出会った君へ
相内麗
第1話 私が初めてじゃなかったのね
「お疲れ様でしたぁ」
ラジオ番組のロケ収録を終えた私はクルマで都内の社に戻るスタッフと別れて彼と二人で片瀬江ノ島駅で下ろして貰う。私には彼と二人だけになる理由がある。あの三年前の大事な約束を果たさなければならないからだ。
駅で二十五分後に出発するロマンスカーの席を確保した私たちは近くのバーガーショップに入りバーガーとシェイクを頬張る。
私、Sayakaこと倉坂沙也香はシンガーソングライターだ。オーストラリアで生まれ育ち向こうでデビューした。訳あって五年前に日本の大学院に入学する予定が高校に入学する羽目になりシンガーとしての拠点も日本に移した。
三年前に教育実習として母校の(中退だけど)高校で出会ったのが今日、私のラジオ番組『Sayaka’s TalkParadice』のデート企画のロケに参加してくれた
三年前に蒼くんとは悲しい別れがあったけど、今回こうして再び出合いがあったという事はやはり彼との出逢いは必然なんだと確信した。
今朝、家を出てくる時に家族は微妙な表情で見送ってくれた。特に母からは「これはあくまでも番組の企画なんだから、お仕事なんだから。くれぐれも早まったことはしないように」と念を押された。何か伝えたかったようだが何を言いたかったのかよくわからない。あの教育実習の後、家族は私の恋愛に関する話題を避けるようになった。
電車で一緒に帰ると言う私の真の想いが通じたのか彼も最初からそう思っていたのか新宿に向かうロマンスカーの中で彼は私に三年前と同じ想いの丈を、愛の告白を改めてしてくれた。私は彼の気持ちを受け止め四年越しの恋を実らせお付き合いをすることにした。これがつい十分前の話。
番組の企画会議で「あぁデートしたいなぁ」という心の叫びを声として発してしまったばっかりにスタッフの優しさと悪ノリが相混じり合い始まったお見合い&デート企画。応募してきた番組リスナーたちと集団お見合いをして私が選んだ一人とデートを体験するという番組の企画だったのに、まさかあの蒼くんがお見合い会場にいるとは思わなかった。
会場にはスタッフが選んだ十数人のリスナーがいたのだが、その中に蒼くんがいたのだ。彼は私との約束を十分なまでに達成してくれていた。三年前に私が身を引いた甲斐があったというものだ。もう私が彼を選ばない理由は何一つない。
そして今、蒼くんとのデート企画のロケを終えてロマンスカーの座席に二人で並んでいる。
「今日は楽しかった。生まれて初めてのデートもできたし」
「僕も初めてのデート楽しかったです。やっぱり沙也香さんと一緒に過ごすのは楽しいです」
「さっきバーガーショップで向かい合ってる男女の姿ってデートそのものだなって思ってた」
そういうと蒼くんは何かを思い出したように目を見開き、そして黙りこんで下を向く。
しばらく経ってから蒼くんは意を決したように隣の座席に座る私に向かって語り始める。
「沙也香さん、バーガーショップで向かい合ってる男女はデートなんですかね?」
ん?
「私の中ではデートに入るかなぁ」
私は蒼くんの疑問に答える。すると。
「沙也香さん、ごめんなさい。僕、他の女性とバーガーショップで向かいあったことありました。今思い出しました」
「えー! 私が初めてじゃなかったの!!」
私、盛り上がっていただけにちょっとだけショック。
「ごめんなさい。バーガーショップで向かい合って女性と話したことありました」
「誰とバーガーショップに行ったの? クラスメイトとか幼馴染とか?」
「知らない
「知らない
「名前も知らないし会ったのもその時だけで」
「いつ頃の話なの?」
「中二の六月一日です」
「何ではっきり日付を憶えてるの?」
「その日はSayakaの日本語版の発売日だったんですよ」
「あぁ。あの日かぁ」
その日は一九八二年六月一日。
「で、学校終わった後で予約してたアルバムを取りに行ったらイベントやっていて」
「イベント?」
「日本語版発売のイベント。抽選会は外れちゃったんですけどクイズ大会に出れることになって。Sayakaに関連するクイズだったのでクイズは確か全問正解で賞品を貰ったんです」
思い出した! あの日本語版は初めて日本でリリースするレコードだったので私も池袋のレコード店に放課後偵察に行った。確かにイベントをやっていた。
「それで?」
「クイズが終わった後に隣のバーガーショップで食べてたら知らない
「何て声掛けられたの?」
「確か、『随分詳しく知ってるようだけど君ってSayakaのファンなの?』って。そんな感じでした」
ふーん。きっとナンパだ。いや間違いなくナンパだ。逆ナンってやつかも。その
「それって実はナンパされたんじゃないの?」
「そんなことないです」
「そうかなぁ。で、その後はどうなったの?」
「彼女もバーガーとドリンクが載ったトレーを持っていて僕の前に座って色々質問されました」
やっぱりナンパだ。
「質問って年齢とか学校とか?」
「いえ。Sayakaのどこが好きなのかとか、いつ頃からファンなのかとか、どの歌が好きなのかとか」
「何それ? 蒼くんのことは聞かれなかったの?」
「聞かれてませんね」
「格好良い感じの
「ふーん。まぁバーガーショップで中学生に声掛けてくるなんてロクでもない女だよ、きっと」
「そうなんですかね。そんな感じには見えなかったですけど。でも街中で声掛けられたのなんてそれ一回だけですよ」
蒼くんはまだ自覚が足りない。
「これからはそうはいかないよ。もう東大生ですっていうだけで女が寄ってきちゃうよ」
「でも僕には沙也香さんっていう……そのぉ……か、彼女が……いますから」
そういうと蒼くんは下を向いてしまう。
「て、照れて言わないでよ。そうだよ、これからは私っていう……か、彼女が……い、いるんだから……」
彼女という単語を口にするだけで照れてしまう。
「さ、沙也香さんだって照れてるじゃないですか」
「だって、まだ彼女とか彼氏とか口に出すのに慣れてないから……仕方ないじゃない、もう」
二人とも照れて下を向いたままだ。
「で、それどこで声掛けられたの?」
下を向いたまま蒼くんに尋ねる。
「池袋です。池袋の
えっ? 池袋の盤廻堂? 私が偵察に行ったショップも盤廻堂だったはず。
あれ? そう言えば私、クイズで正解した男の子が気になって声掛けたかも。見失ったと思ったら隣のバーガーショップにいたんで声掛けた。あれ? もしかしてロクでもないナンパした女って他ならぬ私だったってこと?
「ねぇ蒼くん。その蒼くんに声を掛けた
私は申し訳なさそうに白状する。すると蒼くんが驚いた顔をあげて私を見る。
「えっ? あの
「ごめーん。多分そう」
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