1-20 プレネス襲撃 正午
「なんだ 朝っぱらから」
騎士フィロッコは駐在騎士の控室で朝食後のお茶を愉しんでいたが、そのうるさい鐘の音が気分を台無しにしたことに少しばかり腹を立てた。平民が主体で運営する組織はせわしなくて何年経っても馴染めなかった。
重い腰を上げて同じ建物内にある鉱山所長室へ向かう。
「所長 何事ですか?」開けっ放しのドアを通るとワザとゆっくりとした口調で尋ねた。どんな時にも平常心で居られることが貴族の最低条件だと父から教えられ今も実践している。
「君にはあれが見えないのかね?」所長の声が心なしか、少しだけ上ずっている。緊張を隠しきれていないようだ。
外を見ると森と荒野の接する辺りから土煙が上がっているようだ。
スタンピード?何十年に一度起きるか起きないかのモンスターの大氾濫という大いいなる厄災が今俺のいるこの都市で起きるとはついてなさすぎる。
「土煙が荒野一帯に巻き上がっていますね」わざとずれた答えを返した。これで少し落ち着いてくれるといいのだが。大きな鐘の音が室内に居る全員の余計に緊張を高めてしまっている。これはマズイと思った。
「何が起きているかが分からないから警戒するのでは」大きな声で怒鳴るように所長は返してきた。ここで何を言っても変わらないか。ただ周りを見ていると各所員はマニュアル通りに動いているようだ。ここは何とかなるだろう。
「それもそうですな。騎士団の詰め所で聞いてきましょう」自分でできることに集中しよう。駐留騎士団長のジョエーレ男爵と合流することが先決だ。踵を返して外に向かって出ようとしたところ
「ああ 頼むよ なるべく早く何が起きているか教えてくれ」背中から所長の声が聞こえた。後で誰かに伝令を頼むとするか。
俺は外壁に近い広場に面した本部へ向かって走った。
「団長 只今戻りました」団長室へ入ると既に幹部は揃っていた。
「ごくろう。これで皆揃ったな」団長は室内の4人を見回して口を開いた。
このプレネス駐留団は騎士団と呼ぶが、その部隊構成は通常とはかなり異なる。それはこの部隊の目的が攻勢ではなく守備、特に奴隷の暴動と籠城戦のみに備えた物だからだ。鎧に身を固めた重装騎兵や6mの長い槍を持つ槍兵は存在せず、主に弓兵と近接戦用の軽騎士と斥候、更に少数の魔導士のみで構成されているからだ。
「まずは状況確認を」副団長のリンビオが打ち合わせの口火を切る。
「はっ 遠見で確認したところ大量のゴブリンがこちらへ向かっています」斥候を率いるヘルゲ準騎士が答える。
「単一種か?」団長がさらに踏み込んで聞く。
「はい。今のところ それ以外の魔獣は見当たりません」
「モンスターライアットでしょうか?」平民出身の魔導士ターナーが不安気に聞く。
「その可能性が高いな。数はおおよそで構わん。分かるか?」団長が一番肝心な質問をした。
「いえ おおよそ数千と言うところでしょうか。 まだ森から出てきているので確実な数が分かるまで、もう少し時間をください」
「斥候は既に出しているか?」副団長が念押しをしてきた。
「はい 遠見のスキルを持つキリル兵長以下5名を騎乗させて向かわせています」
「防壁から弓の射程距離に入るまでの推定時刻は?」
「距離と速度から推測するとおおよそ1.5~2刻ほどかと」
「分かった。このまま籠城の用意を進めておこう。この数ではいくらゴブリンとは言え荒野で戦うのは厳しいだろう。それと、4班20名を騎乗させ街道を領都に向けて走らせろ。1班は替え馬を用意して速やかに領都の本部へ報告。残り2班は途中の宿場町フィラクサ、ベラーナへ向かい代官へ連絡。場合によっては町民を避難させるからその準備を。1班は途中ですれ違う商隊全てをフィラクサへ引き返させろ。そこから先の避難指示及び籠城の連絡は狼煙で行う」団長の腹は決まったようだ。
「よし 各自持ち場へ急げ」副団長が打ち合わせを締めた。
俺は皆が出て行った部屋に残り団長、副団長と鉱山の防壁の隔壁閉鎖と外壁内居住区の治安維持について打ち合わせた。
鉱山に関しては運営会社手配の傭兵が主に暴動対策で雇われている。彼らが鉱山内の治安維持の主力だ。居住区はうちの中隊から10班50人を回すことにした。残り10班50名は鉱山防壁内に配置する。従卒に命じて控室で待機している部下へ伝言を命じ、最後に所長に鉱山の防壁を閉ざすよう言づけた。
既に昼前だ。本部の窓から正門を見るとヘルゲ準騎士率いる斥候部隊が25頭の馬にまたがり街道へ駆け出して行くところが見えた。既に部下たちは門の閉鎖の準備にかかっている。何人かの商人が出発を止められたことについて抗議している大声が聞こえた。
「ちょっと手伝ってくるよ」もう一人の従卒に声をかけて団長室を出ようとしたところ物見塔の鐘が鳴りだした。
「馬車が突っ込んで来るぞー」
走って建物の外に出ると100頭以上のフォレストウルフに騎乗したゴブリンライダー達が1台の荷馬車を追い立てながらこちらに向かって来るのが見えた。
「門を閉鎖しろ」大声で怒鳴るように叫んだ。
防壁の上から降ろすように作られた扉は極太の鉄材を格子状に組み、表面に分厚い木を組合わせていて相当の重量がある。一度締めたら開けるのは容易ではない。
「商人の荷馬車が扉の下で止まっています」見ると恐怖から馬が暴れ荷馬車が扉の下を占拠してる。その横で商人が荷台から荷物を降ろしていた。
「構わん。そのまま降ろせ」俺は強い意志を込めて命じた。
部下が扉を支えている2か所の金属のくさびを2人同時にハンマーで殴り飛ばした。
支えを失った相当な重量のある扉がものすごい音と共に落下した。
扉が轟音と共に落下し商人と馬ごと押しつぶし、辺りに金銭欲にまみれた脳の中身と内臓をぶちまけた。だが積まれていた荷物が引っかかって完全には閉鎖できなかった。中身は多分金属のインゴットであろう。時間と共に潰れることも力ずくでどかすことも難しかった。
正門には潰された商人と馬の血の匂いと一瞬の静寂が訪れた。その直後ものすごい音が響き何かが扉にぶつかった事を知らせた。
先ほど門の中へ逃げ込もうとした馬車だろう。この音だと無事では済まない。
その直後 出来た地面と扉のすき間を潜ってフォレストウルフ達が侵入してきた。
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