1-18 プレネス襲撃 朝

「今日も暑いな」

 鉱山都市プレネスに住む技師長マッテッロは思わず口に出してしまった。

朝晩は涼しいが陽が昇り始めると一気に暑くなるのがこの都市の特徴だった。

40代の細い体にこの強い日差しは負担になる。この世界ではもう初老に差し掛かっている歳だ。


 ここは山の斜面を切り開いて作られた採掘と製鉄そして加工までを一気に行う事ができる稀有な場所だ。

以前は魔の森の向こう側の鉱山地帯にあったが既に掘りつくされ、枯渇と共に100年ほど前に現在の場所へ移転してきた。


 周囲の山々の木々は既にほとんどが切り倒されて製鉄の際、必要になる燃料として使われた。そのため荒野にあるハゲ山の都市という風情になってしまった。治水や景観に問題はあるが重要な軍事拠点でもある、この都市にとって周囲に遮蔽物がない方が守りやすく都合がよかったのでこのままになっている。


 都市の周囲には頑丈な城壁が築かれ要塞のようなっている。この都市の人口は公式には約3000人。だが実際には1万5千人を超える人が中で生活している。その差分の大半約1万人は鉱山奴隷と呼ばれる5年以内に死ぬ運命の者たちだ。残り2千人はこの都市に籍を持たない、商人、冒険者、傭兵、土木労働者、娼婦たちだ。


 約3000人の内訳は各種役人100人 領軍の騎士500人 鉱山と製鉄所の技師たちが約200人 ここで精製された鉄を素材にする鍛冶職人とその関係者・家族が約1000人 残りは宿屋、食堂、飲み屋、とばく場、洗濯屋等で働いている。役人・技師・騎士たちに共通して言えることは皆単身でこの街にいるところだ。戦争の際には真っ先に攻撃目標になるし、常に1万人近い犯罪奴隷と隣り合わせの生活だ。普通の家庭を築くにはリスクが大きい。実体的には刑務所の内部に都市機能を持たせているようなものだ。誰もが好き好んで家族を連れてきたいとは思わない。もちろんマッテッロも家族を領都においてきている。


 ただし騒がしいながらも金の匂いをまき散らし繁盛している都市として有名だ。


 マッテッロの仕事は採掘管理の責任者だ。毎日、入坑する人員を確認し掘り出されるサンプルをチェックし掘り進める方向を確認する。事務所は山の中腹にあり毎日の上り下りは大変だがいい運動と割り切っている。山の仕事に就くと決めた時から開き直っている。マッテッロは神に愛されていると感じていた。神から貰ったスキルは”鑑定”と”探査”と”土魔術適正”。魔術スキルが高ければ軍に入るという選択肢があったが、そこまでは神は優しくなく、攻撃魔法が使えなかった。だが鉱山でその才能は輝いた。これらのスキルによる実績で彼は平民としては最大限と思われる出世をしてこの鉱山の実務責任者になった。もちろんオーナーも最高責任者も貴族だが、給料は下級貴族の当主並みに得ている。これ以上を望むのは望外というものだ。


 山の中腹にある事務所への坂道を登っていると遠くにある魔の森の方から地鳴りのような音が響いてきた。そこで立ち止まり振り返った。低い轟音が段々と近づいてくる。しばらくすると音が変わり森との境界が煙に包まれた。マッテッロは最初の地鳴りで山の地崩れを疑った。ただ、音源はこの山ではない。何が起きているかを理解できなかった。


 マッテッロは走って事務所へ飛び込んだ。

「警報を鳴らせ!」大声で叫んだ。

「はっ」外を見るために窓際に集まっていた当直の職員たちは屋上にある鐘を鳴らすために階段へと走った。


「所長 何事ですか?」何の危機感も感じさせないのんびりとした口調で駐在の当直騎士フィロッコが聞いてきた。男爵の3男で見た目が良い事と人当たりが柔らかい事だけが取り柄で、頭の中には何も入っていないのでは?と思わせられるほどの極大魔法級のバカだ。

「君にはあれが見えないのかね?」

「土煙が荒野一帯に巻き上がっていますね」そんなもん見れば分かる。お前は馬鹿か?と聞いてやりたかったがこんな馬鹿でも最下級のお貴族様だ。言葉を一瞬でのみ込んだ。


事務所の中ではガンガンと大音量で鐘の音が響きだした


「何が起きているかが分からないから警戒するのでは」大きな声で怒鳴るように応えた。

「それもそうですな。騎士団の詰め所で聞いてきましょう」騎士団には遠見という離れた場所を鮮明に見ることができるスキル持ちが何人かいるはずなので、もう何が起きているか分かっているはずだ。

「ああ 頼むよ なるべく早く何が起きているか教えてくれ」

おっとり刀で事務所を出ていくフィロッコを横目で見ながら外を見ていた。


「所長 今日の入坑はどうしましょう?」シフト管理の主任が聞いてくる。

「何が起きているか確認が取れるまで檻で待機させろ。それと今、入坑している班を急ぎで上がらせろ」こういう突発的な危機の時に同時に懸念されるのが奴隷たちの反乱だ。鉱山内部で立て籠られると経済的損失が大きくなる。操業停止の方がまだマシだ。

「念のため 籠城準備だ。手順通り人員配置。構内城壁へも人員配置して隔壁閉鎖に備えてくれ」

 この都市には堅牢な城壁がめぐらされているが、更にこの鉱山と製鉄所の敷地境界にも同様の城壁があり3か所の門がある。この門は内部で起きた反乱も抑え込める二重構造の独特の作りになっている。閉ざせば外敵はそう簡単には侵入できないし内部からも外へは出れない。指示に従い鐘を鳴らす人員と入坑している班の撤収させる人員以外は事務所から駆け出していった。


それにしてもあれは何なんだ。


マッテッロは何とも言えない不安が大音量の鐘の音で増幅されていくような気がした。

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