プロローグ2 グッバイ フリーダム

「あっ 退職の手続きだけお願いします。そのまま辞めますので」

できるだけサラッと言った。感情を見透かされるのは面白くない。


「えっ あくまでも形だけですから。そのまま契約をお願いします。」

意識高い系人事女子が予想外の返答に動揺している。


「いえ いい機会ですからこのままで退職でお願いします。」

「いい機会って 高瀬さん 今年39歳ですよね。今後どうするつもりなのですか?」

 自分の市場価値をはき違えている無価値なおっさんを諫めるつもりなのだろうか?


「うーん 少しゆっくりしてまた働きますよ。」敢えて分かってないふりをしてみた。

「いえ そういう意味ではなく 他で働けるかどうか?という意味ですが」


 その言葉には少しだけ怒気を含んでいた。彼女にとって格下の無価値なおっさんが予定通りに動かないことが理解できないのだろう。彼女のTodoリストを予定通り消化できない事で怒りを買ったのかもしれない。まあ俺にはどうでもいいことだけど。


「いや 元々機械系3DCADオペレーターってそれなりに需要あるし、3Dプリンタや3Dスキャナのノウハウある人間も多くは無いので他で働けると思っていますよ。今よりはマシな給料で」

 

 しらっと言ってやった。言外に てぇめーの勉強不足を悔いて嘆け って思いを含めてやった。一応昨日の夜見たんだよ。転職サイトとテレワークの仕事掲示板。そしたらあるある。そこそこの条件での求人が。平均年収は建築系CADオペレーターまで含めると一気に下がるから意識高い系人事女子の言い分も分かる。ただ、機械系は図面を打ち込めるだけでは仕事にならなくて、俺の歳まで生き残っている奴は、自分で図面が引けるとか、形にできるとか強みあって当たり前なのでそれなりの稼ぎがるのが普通なのだ。


「・・・ちょっと上長と相談してきます。」イライラを隠し切れない意識高い系人事女子が打ち合わせブースを出て行った。そんな怒るなよ。ファンデで隠しているしわが目立つぞ。


 ふっーーー 貯めていた息を吐きだすと 少し落ち着いた。そして少しだけスッキリした。まずは奇襲成功ってところか。橋頭保を確保した。次はたぶん増援が出てくるな。


「高瀬さん わがまま言ってもいいことないよ」しばらくすると低く大きな声の俺と同年代のパワー系おっさんが意識高い系人事女子を引き連れてブースに入ってきた。名札を見ると主任らしい。増援はこいつか。俺は立ち上がって少し頭を下げた。


「まあまあ 座って。で、今回の契約解除が不満なの?」あくまでも ここで不満を吐き出させて最後丸め込む算段だろう。まあ定石ってやつか。研修で習うんだろうな。


「いえ そういうことは無くてまあ潮時かなー と思って。いい機会ってやつでしょうか?39歳ですし。」少しだけ嫌味を言ってやった。

「そうは言ってもね・・・。こっちにも都合ってやつもあるので何とか3か月後に新規契約してくれないかな?」


「いえいえ。主任さんのお立場も分かりますが、この際、私よりももっと若い優秀な人にやって頂いた方がいいかと思いますよ。若い女性の方ですと職場も華やぎますしね。それに私みたいに長く居すぎると支援業務が属人化してしまうリスクもありますし。この仕事は身体的負荷は小さいので出産後、復帰される女性の方でも大丈夫ですよ。残業ほとんどないですし」職場の発展を願って身を引く俺を装う。また、配属先が悩ましいお子さんがいらっしゃる方の配属先にも使えるとアピールする。


「まあ 開発部は男所帯だからなー。でも高瀬さん並みのスキル持っている人って意外と見つからないんだよねー」


「若い子に教えれば頭が柔軟なのですぐ覚えますよ。昔よりも3DCADも扱いやすくなっているのでハードルは低いし、開発部の士気も高まりますしね。それになによりも人件費も抑えられますよ。」パワー系主任に利益誘導をかける。


 実際には確かにソフトウェアのインターフェイスは分かりやすくなった。昔よりは覚えやすくなっている。けど本質的な部分、図面を2次元で引けないと使えないのは今でも一緒だ。それに3Dプリンターや3Dスキャナは機種毎のノウハウがあって、理解するのには根気強く試し続ける必要がある。まだまだ発展途上の機械なので最適解を常に求め続けていなくてはいけない。勉強し続ける必要があるのだ。俺は好きでやっていたが、腰かけ感覚だと絶対無理だ。要は地位は高くないがきちんと使えるレベルの人間を雇うのはカンタンではないのだ。だから経験のある工業系3DCADオペレーターの募集賃金は意外と高かったりする。


 主任の方を見ると何やら考えている。確かに魅力的だろう。人件費が抑えられ、(最初のうちは)開発部から感謝され、さらには自分の人事評価も上がるおいしい話だ。さあ 餌に喰いつけ!


「そっか 高瀬さんの意思も硬いみたいなので退職で進めさせてもらうかな」ちょろい。ちょろ過ぎるぞ主任。


「わがまま言って申し訳ありません。よろしくお願いいたします。」勝った。ここは、にやけ顔を抑えなくては。


「了解したよ。書類の送り先は今の住所で構わないかい?」主任ニコニコ、俺もニコニコ、意識高い系人事女子は無価値なおっさんごときが高貴なる自分のいう事を聞かなかったのが面白くなかったのかムッとしている。


「はい お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。」


「おう 今までご苦労様でした。これからも頑張ってな」握手を求めてきたので右手を差し出した。これが本当のWin-Winだ。主任も求人なり教育なり頑張ってくれたまえ。多分苦労すると思うけど。思わず微笑んでしまった。


そしてそのまま職場へ戻り部長をはじめ皆に挨拶をして机やロッカーの私物を片し工場を出た。

因みに一応の上司に当たる開発部の部長には人事から正社員登用を避けるため今日、退職願を出し2週間の有給休暇後退職。2か月後改めて契約と連絡されているはずだ。だからみんな、ちょっと長い休みの前の挨拶だと思っている。

 このまま居なくなるとはたぶん誰も思っていないだろう。一応引き継ぎは開発2課の主任にしておいた。マニュアルも引き継ぎ書も渡したから無問題だろう。 みなさん さよなら アリーヴェデルチ!


こうして俺は自由になった。なんかいつもと同じ退社なのにシャバに出たような気分になるのは何が違うのだろう。


ふと時計を見る。午後4時か。こんな時間に家に帰るのは久々だ。さあ 今日から自由だ。帰りは何を食べて帰るか悩ましい。せっかくだから肉とかいいかな。一人焼肉とかして少しばかりのお祝いをしようか。今日から何を食べるのも、いつ食べるかも自由だ!  


 工場の門を出て敷地外にある出入り業者・派遣・契約従業員用の駐車場に向かって歩いていると中学校の下校時間にぶつかったようだ。前を行く男2+女3の仲良し中学生グループの少し後ろを歩く。女の子はアイドルみたいにかわいい子達だ。リア充爆発しろ。モテなかった昔を思い出さない様、少し離れてなるべく見ないようにして歩いた。昔っからおっさん顔だった俺は本当にモテなかった。人は見た目が9割というベストセラーのタイトルがあったが本当だと思う。次生まれ変わったら絶対イケメンに産んでもらおう。うん。マジで。


 交差点で信号待ちになった。ここを渡って左に曲がって少し歩くと駐車場だ。ここを歩くのも人生で最後かな。5人の後ろに立ち、ぼーっと信号が変わるのを待ちながらそんなことを考えながら感傷に浸っていた。

 

 ふと、いきなり体が硬直して動かなくなった。やばい心筋梗塞?!! 突然死した元同僚たちの顔が一瞬浮かんだが、何かが違う。足元に変な文字が浮かび出し、輪になっていくつも広がりくるくると回りながら突然光り出した。 


「おじさん 助けて!」中学生グループの真ん中に立っていた女の子が後ろに振り返りながら俺の手を掴もうする。


 俺は反射的に腰を引き、掴まれないよう手を上げた。悲しい条件反射だ。自分でもびっくりするくらいスムーズな動きだった。電車通勤の時に痴漢に間違えられないよう、条件反射になるまでした避ける練習の成果だった。


 その少女の顔が悪魔のような何か別の物に変わったところで記憶を失った。


腰を引き右手を後ろにそらしながら上半身を捻った、妙な恰好のまま光に包まれながら意識をなくした。


短すぎだよ俺の自由・・・・

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