異世界メイカーズ　コミュ障おっさんの逆襲　女神様の勘違いで手にした最強スキルは何でも作れるけど、色々と残念過ぎる

ワカサイモスキー

「高瀬さん　契約は3か月後に更新ですが諸般の事情で今月いっぱいで自主退社して頂き2か月ほど羽を伸ばして3か月後に新規契約という事でお願いします。」

【重要】とタイトルにつけられたメールで呼び出されたのは定例の人事面談。ここは打ち合わせ用の商談ブースだ。契約社員の俺との打ち合わせは会議室ではなく商談ブースというのが立場を分からせるのに重要な舞台だ。

目の前の若手（自称）意識高い系人事女子が告げる。今月末で辞めて2か月後改めて新規契約する形を取れとのことだ。これは丁寧な言葉を使っているが実質的な命令だ。改正労働者派遣法のあおりを受けてこんな微妙な方法を迫られている。

「その空いた2か月はどういう扱いになりますか？」ほんの少しの期待と圧倒的多数のあきらめをもって念のため聞いてみた。確認することは大事だよ。社会人になって学んだ。

「はい　無職という扱いになります。弊社からの解雇という形ではなくあくまでも自主的な退社ですので、各種手続きをお願いします。」何当たり前の事を聞いているのか、半ば呆れるような感情がこもった声で答えた。分かっているんだよ。こっちも。

「失業保険はどうでしょう？」

「はい　支給は90日後からですがその日数が経過する時点で新たな契約で弊社での勤務が始まっていると思いますので、不要になります。一応離職票は発行しますので、手続きだけはお願いします。」

それって擬装離職だよね。労働基準監督署のHPにもやめましょって書いてあるよ。思いっきり不法行為を業務命令として指示している。コンプライアンスっておいしいの？ってレベルの会社の鑑みたいな社員だよね。この意識高い系人事女子は。

「では　その間は無給という事になりますね」一応確認の意味でも聞いてみた。

「はい　その理解で大丈夫です。」

　意識高い系人事女子様は表情を変えずに言ってのける。2か月分の給与が吹っ飛ぶ話を当たり前のように命じてくる。君達正社員と違って手取り24万じゃ普通は貯金なんかできないのだよ。思いっきり法令違反な発言だよね。まあ労働基準監督署なんって犬のおまわりさんほどの役にも立たないし、この会社におけるコンプライアンスって対象は正社員のみが庇護の対象だったりする。そりゃそうだ協力会社や下請け、期間・契約従業員なんかはそもそも人間ではないからな。この会社にとっては。

俺は高瀬浩二　39歳　仕事は3DCADオペレーター兼3Dプリンタｰの運用係として大手メーカーの開発部門で試作業務の補助を行っている。要は無駄に高機能な雑用係だ。

因みに×1　28歳で結婚31で離婚。勤め先の会社倒産後、嫁の親とうまくいかず、色々と吹き込まれた元嫁の心も離れ離婚。会社の倒産は俺のせいではないが、嫁親曰くその後、職が見つからないのは俺が怠惰で無能だからだそうだ。挙句ペットにすら愛想をつかされた。

　犬をどちらが引き取るか別れ際にもめた。

「廊下の真ん中に置いて両サイドからそれぞれが呼びついてきた方が引き取るっていうのはどう？」元嫁の提案に乗った。結果は全力でしっぽを振って向こうに行った。しかも2回も。普段餌をやっている方には勝てない。朝晩の散歩は俺だったのに。

　それ以来自分の親とも疎遠になった。出来の良い兄夫婦が親の近所で暮らしてる。甥、姪あり。もちろんこちらも疎遠。まあ親子仲良くやってくれ。

　その後スキルを活かしてCADオペレーターとして契約社員をやっている。３DCADやプリンター、スキャナは製品導入時の職場負担のメーカーによるトレーニング＋自費でセミナーに通い学んだ。絶えず自分をアップデートしていないと職を失うリスクがあるからだ。それに物を作ることは嫌いじゃない。というか好きなのでこの×1お気楽環境は気に入っている。

　そんな環境だから続ける気になれば2か月位なら無職ライフは問題ないが、この意識高い系人事女子様の自分たちの不都合をこっちに全て押し付けて、かつ上から目線で命じてくる視線が気に入らない。

　人によっては好みのタイプかもしれないし、そういう手合いは逆にご褒美かもしれないが、俺は精神的なマゾではない。出来る女目指してます系には警戒感しか感じないし、当然、俺の小心者レーダーが警報を鳴らし続けている。

　因みに俺の好みはメガネ＋ストレートショートの委員長タイプだ。　

　若い頃なら声を荒げてたりしたかもしれないが、いい大人なのでそんな事はしない。抵抗するなら入念な準備が必要なのは理解している。そう、この日に備えて色々と用意していたのだ。

　副業で4年前から得意の3DCAD＋3Dプリンターを駆使してオリジナルのプロップガン改造カスタムパーツやプラモのオリジナルアップグレードキットをネットで作って売っている。

　市販のエアガンの外観をゲームやマンガに出てきそうな架空の銃に変更するパーツだ。中身は無改造だし、著作権にも配慮してある。プラモのアップグレードキットは自衛隊の車両をNATOやイスラエル国防軍並みにアップデートしたらこうなるみたいな改造パーツ。趣味で作っていたら売ってくれってと言われ、調子乗って売りだしたら、これらが妙に人気で海外からも注文が来る。

　他にもブログで固定客を掴んで世界で一番売れている原付バイクのカスタムパーツの製作をしたり、高級注文住宅のCADデータから家の間取り検討用の1/30立体模型を出力したり、店舗用のオリジナルデザイン什器を依頼されて作ったりと何屋と呼んでいいか分からないけど何でも作る人という立ち位置のビジネスを副業として行っていたのだ。おかげさまでそこそこの収入がある。

　勤務先が東京の郊外だったのをいいことに、潰れた町工場を安く居抜きで借りた。元々は今の勤め先に部材を納めていた孫請けだったらしいが、リーマンショックの後、それまで作っていた製品ラインをすべて東南アジアへ移したため取引先を失い夜逃げしたそうだ。なんか悪い気がするが俺のせいではないし安さは正義と割り切って交渉した。

　工場は処分するにも土壌汚染のリスクがあるので売る前の整備にすごくお金がかかるし、工場として借そうにも中の設備を全部処分し、再整備するのにも労力と費用がかかる。不動産屋を間に挟み、競売で落札した個人投資家の方と、その辺をついて交渉して安く借りたのだ。

　建物の中には放置された古びた旋盤等が置かれたままで荒れていたが、自分で好きにリフォームしていいという条件で契約した。1Fの元作業場は放置された旋盤や溶接機があったが、それらも整備して使えるようにした。更に個人レベルで買える3DプリンタやCNC、CO2レーザーカッターを導入した。内装もDIYでイギリスのバックヤードビルダーっぽく仕上げSNS映えもするようにした。ここをベースに自分のビジネスを立ち上げてもいいし、また他で働いてもし、請負形式で在宅ワークにしてもいいかと思っている。手に職は強い、テレワークバンザイ。まあ　準備はOkだ。

　そしてついに時は満ちた。

・・秋の日のビオロンのため息の・・

　頭の中に上陸作戦を告げる暗号文がふと浮かんだ。

　さぁ行くぞ　　Go Go Go！

「あっ　退職の手続きだけお願いします。そのまま辞めますので」