文化情報論その7.固定した常識

 哲学者の三木清みききよし *1は "常識(common sense)″を、

a或る閉じた社会に属する人間に共通な知識 と

bあらゆる人間に共通する知識(良識)

 に二分し、a⊂bなる包含ほうがん関係を示唆しさしているが、私はむしろa>bという力関係を考える。排他的はいたてきな社会で一旦定着した常識は容易にくつがえせない。


e.g. 平家の子孫

 十返舎一九じっぺんしゃいっく *2 が平家落人へいけおちうどの隠れ里を取材した時のこと。

 村の隅で画紙がしを広げてスケッチを始めたとたん、怖い顔の村人たちに取り囲まれた。皆、古い刀を持っている。 

「おぬし、源氏のスパイであろう。 生きては返さぬ」

 と一同、刀を抜いたが、十返舎一九は少しも慌てず、

「同じ平家の子孫が遠路はるばる訪ねて来たのに何という仕打しうちだ。無礼千万ぶれいせんばんではないか」と、言い放った。

「平家の子孫だと? ウソをつくな」

「信じておらぬな? それなら証拠を見せてやる」

 と言うなり十返舎先生、着物をはだけてお腹を出した。切腹でもするのかと思いきや、

「よ~く見ろ。源氏にはヘソが二つあるが、平家にはヘソは一つしかない」

 そう言われた村人が、自分の腹をあらためると、確かにヘソは一つしかない。

 十返舎先生は平家の子孫に間違いないと村人たちは失礼をび、彼を大そう歓待かんたいした。

 何年か後、村外に出て広く世間を見聞きし村に帰る者がいた。以下はこの者の言である。

「源氏の子孫はことごとく滅びてしまったようだ。多くの人々に問うたが、皆、自分にはヘソは一つしかないと答えた」


*越後秋山郷えちごあきやまごうの民話をパクって一部改作しました。(原話ではへそではなく、へそ下三寸の…平家は二つだが源氏は一つ…です)ごめんなさい。出典は北越雪楽譜ほくえつせっぷ鈴木牧之すずきぼくし)だったような…

*1 三木 清みき きよし(1897-1945)京都学派の哲学者。

*2 十返舎一九じっぺんしゃいっく:(1765-1831)江戸時代後期の作家。『東海道中膝栗毛とうかいどうちゅうひざくりげ』が有名。

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