文化情報論その4.恣意的誤聞

「馬鹿!」 

「えっ、バッハ? 俺、バッハよりベートーベンの方が好き」

「バカと言ったんだよ」

「バター? チーズならあるけど」

…のように、わざと聞き間違いすることを恣意的誤聞しいてきごぶんという。相手の主張を否定したいとき有効である。


e.g.

 私と一緒に歩いていた或る年寄としより(当時84歳)が、某放送局某地方支局の女性アナウンサーから街頭インタビューを受けたときのこと。

「今、お元気そうなお年寄りに、元気の秘訣ひけつをうかがっているんですが」

「えっ? 元気なオケツ? おめさんみてなメメの好いあねサが、オケツなんて、しょうしくねかの?」 (元気なオケツ? 貴女のような若い美人が、オ・ケ・ツ だなんて、恥ずかしくないの?)

「(大きな声で)いえ、ゲンキのヒ・ケ・ツです」

「ああ、電気の火消ってったんか。そら電動消火器のことだべか? ところで、おめさんだいだの?」(ああ、電気の火消と言ったのか。それは電動消火器のこと? ところで貴女はどなた?)

「NHKなんですが…」

んなエッチけ? オラ、エッチじゃねぇよ。そら昔はそらったかもしれねども」(お前エッチか だって。私はエッチじゃないよ。そりゃ、昔はそうだったかもしれないけど) *んな(汝):N潟の方言で「お前」


「いえ、NHKです」

んなアッチイケ? はちゃ行くこてね」(お前、あっちへ行け? それなら行くさ)

「(とても大きな声で)御爺さん、待って下さい。私がうかがいたいのは元気の秘訣なんです」

「ああ、そうだったの。僕の元気の秘訣はね、聴こえないふりをして若い人をからかうこと。ハハハ…ごめんなさいね〇〇さん。僕、貴女のファンですよ」

「あ、ありがとうございます…(力なく)ハハハ」

 私と一緒に歩いていた年寄は、N潟大学名誉教授。昔、N潟県には、こんなお茶目だが微妙に根性の悪い素敵な年寄が大勢いた。

 因みに、このインタビューを放送するセンスと勇気は某放送局にはなかった。また、この事件以降、インタビューの際は最初に局名とインタビュアーの名前(姓)を名のるようになったらしい。

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