文学理論その4.回帰物語

 何でも作る機械が最後に作り出したものは何でも作る機械だった…といった物語を回帰物語かいきものがたりという。


e.g.魔法のランプ

 少年時代、父と旅したシリアのアレッポで、私は、その声を聴いた。

「アラジン*のランプがなんじに幸運をもたらす」        

 以来四十数年、私はかれたように、ると魔神が現れ望みをかなえてくれるというそのランプを探し続けている。

 ランプ探しのためにアラビア文化を研究し尽くし、その世界的権威となった私は、やがてアラビア王族の娘と結婚し大油田ゆでんのオーナーになった。確かに、アラジンのランプは私に幸運をもたらしたと言えるが、この程度の幸運は私が真に求める幸運ではない。アラジンのランプこそが私の人生のすべてなのだ。

「私の嫁入り道具の中に、こんなものがありましたわ」

 ある日のこと。妻のジャスミンが私の書斎にやってきた。彼女は、美しい絹布けんぷで包まれたそれを私の机の上に置き、書斎を出ていった。私は包を解いた。包の中は古いランプだった。

 もしかしたら…と、私は思った。まさか…と、私は首を傾げた。一応、「アブラカダブラ*」と、私は冗談半分に、しかし研究した通りの正確な発音で呪文を唱え、ランプを擦ってみた。

 ランプの灯口ほぐちから煙が噴出ふきだし書斎に朦朦もうもうと立ちこめた。そして何と! 煙雲えんうんまぎれて、ターバンを巻いた大男が現れたのだ。

「ランプの精でございます。お望みは何ですか? 巨万の富ですか、それとも絶大な権力ですか?」

『アラー・アッディーンと魔法のランプ*』は、お伽噺とぎばなしではなかった。私の目の前に、どんな望みもかなえてくれる魔法のアイテムがある。

 どんな望みもかなえてくれる!…興奮した私はランプの精に向い、叫ぶように言った。

「巨万の富? 絶大な権力? そんなものには何の興味もないね。私の望みはたった一つだ。今すぐ、アラジンの魔法のランプを探してきてくれ」

「かしこまりました御主人様」

 ランプの精は極めて事務的に言って、窓の隙間から出て行った。


*アラジン(علا الدين/Alā' al-Dīn)

*アヴラカダヴラ:אברא כדברא/avra K‘Davarah:Turn out as I say。

*『アラー・アディーンと魔法のランプ』:18世紀初頭、Antoine Gallandがフランス語訳『アラビアン・ナイト』で紹介した物語。

*ガランはこのmystery story (怪奇物語)を1709年にアレッポ出身の知り合いから採取したと云われる。

 因みにアラジンは、中国在住者。

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