指示語の秘匿性

 日本語の指示語(demonstrative:指示代名詞、指示詞)は、具体的な指示対象を示す語が会話中に全く存在しなくても機能する。また、日本語には 「これ」・「それ」・「あれ」・「どれ」の4系に加え「…(無言)」という指示詞もある。


e.g.

「やあ、今日はどうも」

…感動詞「やあ」を使うと「○○さん、ご無沙汰してます」などを、副詞「どうも」を使うと「ありがとう」を省略できる。


「こちらこそ」

…「こちらこそ」は相手からのメッセージと同内容のメッセージを返すフレーズ。


「例の件、どうなりました」

…「例の」という連体詞は次に続く名詞の具体像を想起させる有効な指示詞。


「例の件って?」


「ほら、先日お話したあれですよ」

…「ほら」は指示機能のある間投詞。「先」も空間的時間的方向を想起させる指示

 詞的連体詞、e.g.先方、先日、先様さきさま先回せんかい


「ああ、あの件ですか。あれは、ちょっとね」

…「ちょっと」はマイナス要因を想起させる副詞、「件」は指示詞と併用して使用

 する助数詞。e.g.本件: 「本」は「この」と同意の指示詞。


「何か?」


「例の人がね、ちょっと…」


「例の人って?」


「ほら、何てったっけな、あの歌手。あの歌手にそっくりの…」


「ああ、あの人ですか。参ったな。彼、再た(指示語さえ省略)やってくれちゃっ

 たんだ」


「ええ、あの性格ですからね。あれさえなかったら、今頃は好いセン行ってるはず

 なんだけど」


「そうだよねえ。で、結局、例の件はどうなっちゃったんですか」


「あれこれ考えてもあれなので、先回と同じ感じで対処することに」

 (「感じ」に似た代名詞的用法に「かたち」がある)


「ええ! あんな感じで? それは、どうかなあ」


「そう、そう思うでしょ? 私もそれでここ(と頭を指す)がね…」 


…のようなセキュリティ万全の会話が立派に成立している国に、はたして秘密保護法は必要だったのだろうか。


*秘密保護法:特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)

 2014年12月10日施行

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る