文学理論その3.ハズシ

「ハズシ」という物語展開のテクニックがある。推理小説のほとんどはこのテクニック(どんでん返し:surprise ending)によって書かれている。漫才や落語のオチやサゲも「ハズシ」である。受容者(読者・視聴者)の常識や先入観に沿ってストーリーを展開し、最後にその常識や先入観の梯子はしごを外すのだ。失敗すると受容者はヒくので注意。


e.g. 蜜柑みかんの赤カビ

蜜柑にカビが生えたので捨てようとしたが、「待てよ」と思い止まった。カビが赤カビだったからだ。僕はバイオテクノロジーを専攻する学生で、菌類にも多少の知見ちけんがある。蜜柑に生えるのは普通青カビ(Penicillium)だ。赤カビ(Fusarium)が柑橘類かんきつるい表皮ひょうひにコロニーを形成した例を僕は知らない。僕は微生物学ゼミの教授にその蜜柑のカビを見せ、意見を聴くことにした。教授は微生物学の世界的権威で、しかも専門は菌類である。

「先生、見てください。赤カビが蜜柑に生えたんです。何故なぜでしょうか?」

 教授は、僕が研究室に持参した蜜柑をまじまじと見つめ、呆れ顔で言った。

「馬鹿だな君は。早く食べないからだよ…もったいない」


 *似た話が林家木久扇師匠のネタにありますが、同様の話は少なくとも戦後期からちまた流布るふしていました。木久扇師匠のオリジナルではないと思います。

 *「ハズシ」は業界用語であって、文芸論の術語ではありません。

  因みに葉寿司はずしとは北陸地方の郷土料理、柿の葉寿司(柿の葉で包んだ寿司)

 のこと。美味しい。

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