* 4 *


 薄味のお粥とほんのりと甘いリンゴを食べた後、とても苦い粉薬を飲まされた。薬を飲むと眠気がやってくる。うとうととしていると、トクがカーテンを閉めてくれた。薄暗くなると、私は瞬く間に眠りについていた。


 気づくと、私は夢の中にいた。これが夢だと気づけたのは、今まで見たことのないような花畑の真ん中にひとりぼっちで立っていたからだ。足元には、色とりどりの花が咲き誇っている。私はその中から一輪だけ摘み、匂いをかぐ。夢の中だから、花の香りは伝わってこない。


「……変なの」


 夢だと分かっているけれど、一人きりでこんなところにいると、寂しさがつのる。早く目が覚めないかしらと考えていると、カサリ、と背後から葉が揺れる音が聞こえた。はっと振り返ると、見覚えのある背中がそこにあった。


「……ギルっ!」


 反射的に呼びかけてしまう、その会いたかった後ろ姿。彼は私をちらりと見たと思ったら、小さく笑って、靄の方向に向かって歩き出してしまう。


「ま、待って……!」


 私は花畑に足を取られながら走り出す。しかし、どれだけ走っても彼に追いつくことはできなかった。


「ギル、待ってください……!」


 長く走っているせいか、息が上がっていく。ギルは足を止めることなく進んでいくので、その背中はどんどん小さくなっていった。私が急いでも、彼との距離は、離れていくばかりだ。その名を呼んでも、もう彼が振り返ることはない。


「……ねえ、お願い! 私の事、置いていかないで!」


 そう叫んでも……そこにいる彼には届くことはなかった。不安に押しつぶされそうになった私は、ぎゅっと目を閉じる。


 早く、夢から覚めて! そう祈った瞬間、どこからか私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「――リリィ?」

「……ギル?」

「うなされていたみたいですが、大丈夫……うわっ!」


 目を開けると、会いたくて仕方なかった彼の姿がそこにあった。


 また夢かもしれない、そんな不安に駆られた私はすぐさま起き上がり、彼の首のあたりに腕を回した。ギルは飛び込んできた私を受け止め、戸惑いながらも、背中をそっと撫でた。その体温が、これが夢ではないことを告げていた。


「どうかしましたか?」


 変な夢を見たんです、そう言いたかったのに漏れるのは嗚咽ばかりだった。私が泣いていることに気づいた彼は驚きながらも、優しく、暖かく私を包み込んでくれる。私が落ち着くまで、彼はずっとそうしていてくれた。


「……もう、大丈夫そうですね」


 泣き止んだ私を見て、彼は微笑みながらそう言った。私が頷くと、ギルは布団をめくり、私を横にさせた。


「あの、もう起き上がっても平気だから……」

「いいえ。眠っている間にうなされるという事は、まだ体が本調子ではないという事ですよ」

「それはあなたが……!」


 私が言いかえそうとすると、ギルは首を傾げた。


「私が、なんですか?」

「……会いに来てくれないから、変な夢を見たんです。あなたがいなくなってしまう夢」


 ギルは一瞬、目を丸めたがすぐにいつもの優しい表情に戻った。


 花畑の真ん中にひとりぼっちで、ギルの姿を見つけて走り出しても決して追いつかなかった。たとえそれが夢であっても、一人置いて行かれるのは、やっぱり悲しいし辛くて仕方がない。私がそれを漏らすと、彼はそっと私の頭を撫でた。


「寂しかった、ずっと。あなたに会えなくて」


 彼は頭を撫でる手を止め、頬を撫でた。見上げると、彼の優し気な瞳が私だけを見つめている。その瞳が、徐々に近づいてきた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 気づけば、彼は私に覆いかぶさっていた。顔の真横に手をつき、その距離はもう息がかかるくらいだ。


「ち、近いです! 離れて!」


 彼の肩をぐっと押そうとすると、ギルは私の手を握った。そしてまるで囁くみたいに、とても小さな声でそっと告げるのだ。


「リリィ。好きです」

「……え?」


 思いがけない彼の告白に、私は思わず聞き返してしまう。


「きゅ、急に何をおっしゃるのですか?」


 私の声が小刻みに震えていた。だって、その言葉が何だか信じられなくて。


「もう何度想ったか分からないくらい、私はあなたの事が好きです」


 彼の頬は、うっすらと赤み帯びている。その瞳は真剣そのものだった。恥ずかしくなって目を反らすと、彼の手が私の頬に添えられ、顔を見るように促される。


「リリィは? 私の事をどう想っていますか?」

「え? あの、その……」

「私と同じ気持ちだと嬉しいのですが」

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