* 3 *
「皇女殿下は、私の国に対して興味を持ってくださっていて……なにより、私の意図を良く汲んでくれていらっしゃいます。申し分ないくらい、立派なレディです」
彼がそんな事を言いながら私を見てほほ笑むので、私はまるで火をつけたみたいに真っ赤になってしまった。そんな私の様子を見て、お兄様は指をさして大きな笑う。
「もう! ひどいですお兄様は!」
「悪いって。いやぁ、良かったよ、百合子とギルバート殿が仲睦まじいようで。俺も一安心だ」
兄は笑い過ぎたのか、目じりから涙があふれ始める。その横で多恵子お姉様もクスクス笑っている。
「ま、何かあればすぐに連絡をよこすんですよ。姉として助言できることがあるかもしれませんから」
「そうよー、百合子。蘭子お姉様に頼っておけば大丈夫! 私も話くらいならいつでも聞いてあげるわ」
私はまだ笑っている兄から離れるように、お姉様方に近づいていった。蘭子お姉様は腕を広げるので、私はその中に飛び込んだ。
「まぁ、甘えん坊なところは変わっていないんですね」
蘭子お姉様は私の頭を優しく撫でる。その手の暖かさが、少しお母様にも似ている気がした。ほっと息をつくと、どこからか足音が聞こえてきた。
「……皇帝陛下の従者だ」
それにいち早く気づいたのは、お兄様だった。私が顔をあげると、風呂敷で包まれた何かを持った男の人が近づいてくるのが見えた。
お兄様は藤棚から出て、彼の元に向かっていく。
「どうかいたしましたか? 皇帝陛下に何か……?」
「いいえ。陛下から皆様に、贈り物でございます」
彼は深く頭を下げて、包みを差し出す。兄がそれを受け取ると、従者は踵を返して足早に帰って行ってしまった。
「お父様からですか? 何でしょうね……」
桜子お姉様は、どこか警戒しているかのようだった。
「開けますね」
お兄様は涼台に受け取ったばかりのそれを置き、風呂敷をほどいていく。その中には、漆器があった。お兄様はそっとその蓋を取る。
「……わぁ、素敵」
覗き込んでいた蘭子お姉様が感嘆の声をあげる。その中に入っていたのは、花の形に作られた練り切りだった。
「これ、もしかして私たちの名前の花じゃない?」
桜子お姉様の言葉に私たちも「あぁ!」と頷く。
「これはお姉様の【蘭】、こっちが私の【桜】ってわけね」
桜子お姉様は、蘭子お姉様の分を取り分け、自分の【花】を手に取った。
「俺はこの【梅】か、称号が香梅宮だったからな。……でも、どうして【梅】と【百合】が二つずつあるんだ?」
蘭子お姉様は優しく微笑みながら口を開いた。
「それはもちろん、多恵子さんと中尉様の分でしょう? いずれ家族になる方の分まで用意してくださるなんて……相変わらず、お父様は優しいのね」
お兄様は多恵子お姉様に、私はギルにぞれぞれ練りきりを渡す。ギルは何度も角度を変えてまじまじと百合の形をした練りきりと見つめている。
「もしかして、初めてですか? この国の伝統的なお菓子です」
私がそう尋ねると、彼は深く頷いた。
「えぇ。とても良くできていますね、他の花も素敵だけど……この百合が一番素敵に見えます」
ポッと顔が熱くなる。ちらりとお兄様を見ると、ニヤニヤと腹が立つような笑みを浮かべていた。
「ふふ、思い出しますね。お母様のお誕生日には、毎年藤の花の練り切りをお父様が用意していたのを」
「え? そうなんですか? 私、そんなの見たことないです!」
「百合子はまだ小さかったからあまり覚えていないのよ。……もとはと言えば、この庭だった病気がちになったお母様のために、お父様が作らせたものなのよね」
桜子お姉様は庭を見渡す。この庭は、季節ごとに様々な花が咲く。室内からずっと眺めていても飽きることのない……そんな庭だった。
「病床にいたお母様でも、外の景色を楽しめるように。戦時中で物資が不足しているのに、そんなワガママ言って庭師の方を怒らせていましたね。懐かしいわ」
「懐かしいと言えば……お父様って、一回倒れたことがなかったか?」
お兄様の言葉に、お姉様方が懐かしそうに頷いた。
「あったあった!」
お姉様たちは一気に盛り上がるけれど、私はその話を全く知らないので、置いてけぼりになってしまう。
「私、そんなの見たことないですよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。