6話 命日の集まり

* 1 *

「ギルバート殿の?」

「ご様子がおかしいんですか?」

「そう! そうなんです! とっても変なんです!」


 休日、兄の元に多恵子お姉様が来ていると聞いた私はそこに駆けつけていた。


「そうかぁ? 俺はこの間会ったが、いつもと何ら変わりはなかったぞ」

「どこか具合でも悪いのかしら? どんな風におかしいのですか、百合子様?」


 私は、最近のギルの様子について兄たちに打ち明ける。私の話を聞いている時に上の空だと思ったら、神妙な顔つきで私の事を見つめていたり。何かあったかと思って見つめ返すと、急に耳を赤くして目を反らしたり。今までの親密すぎる彼の態度を考えると、何だかそっけないというか……あの日、進駐軍の本部で彼に抱きしめられて以来、彼との距離が少し離れてしまったような気がする。


(……必ず幸せにするって言ってくれたのに)


 少しうつむきがちになると、頭に兄の「はは~ん」という気色の悪い声が聞こえてきた。


「なあに? お兄様、何か心当たりでもございました?」

「いや、心当たりと言うか……なあ、多恵子」

「えぇ。ほほえましい事で何よりですわ」

「えー! 何ですか? お二人とも、なにかご存知なら教えてください!」


 私がそうねだっても、二人は顔を見合わせてニヤリと笑うだけだった。


学校でこの話をした時、京子さんも似たような表情だったことを思い出す。京子さんは私が悩んでいる様子を心配してくれて「大丈夫ですか?」と尋ねてきたのに、私が今お兄様たちに話したことと同じことを打ち明けると、口角を持ち上げてニヤリと笑った。


「あらまぁ。百合子さんは、気づいていないんですか?」


 なんて、少し人を小ばかにしながら言うから、ちょっとだけ腹が立った。廊下で私たちの話を盗む聞きしていたミス・スペンサーはこちらにまで聞こえるくらいすごい音の歯ぎしりをしていたのを思い出す。

 ギルだけじゃなくて、私の周りも何だかおかしい。みんなニヤニヤ笑って、私には何も教えてはくれないのだ。ケチ、私は心の中で毒づく。


「いつかお前にも分かるときがくるさ」

「何ですか、それは。もう!」

「それはそれとして、百合子。今度のお母様の命日の事なんだが」


 お兄様の声音は、先ほどと比べると少しだけ落ち着いたようにも聞こえた。


 外を見ると、夏の草木が生い茂っている。母が亡くなった日と同じように。

 母の命日には、珊瑚樹宮邸に家族が集まるのが私たちの決まりとなっていた。外に嫁いでいったお姉様たちもやってくる。寂しい日ではあるけれど、お姉様やお兄様が珊瑚樹宮邸に来る数少ない機会だ。私は、いつしかその日が少しだけ楽しみになっていた。


「もうそんな季節なのですね」

「お前、ギルバート殿を連れて来い」

「……え? どうしてですか?」

「姉様方が、どうしても百合子の相手が見たいそうだ。俺も多恵子を連れていくように言われた」


 多恵子お姉様は恥ずかしそうに微笑む。


「弟と妹の結婚相手が気になるんだろう。ギルバート殿はともかく、多恵子の事なんて昔からよく知っているくせに……まあ、野次馬みたいなもんだよ」

「わかりました。中尉殿にお話ししておきます」

「頼んだぞ」

「……お父様は、今年はいらっしゃるのでしょうか?」

「いや、お父様はご公務で忙しい。今年も来ないよ」

「そうですか」


 お母様の命日の集まりに、お父様が現れることは今まで一度もなかった。私が肩を落とすと、お兄様も小さくため息をついた。


「……お父様にとって、お母様や俺たちはどうでもよくなってしまったのかな」


 珍しく気弱になった兄を、多恵子お姉様は心配そうに見つめていた。


***


「本当によろしいのですか? ご家族の集まりに私が行っても」

「ええ。お姉様方がギルにお会いしたいと申しておりますので、気になさらないでください」


 母の命日、私はギルを連れて珊瑚樹宮邸の庭にある藤棚を目指していた。もうお姉様たちもお兄様も到着されている。


「命日の集まりですけれど、そんなに堅苦しいものではないんです。お母様の思い出話をしたり、近況を報告しあったりするだけなので」

「なんだか、今日のリリィは楽しそうですね」


 彼には私が少し浮足立っているのがお見通しだったらしい。


「だって、お姉様にお会いするのはお正月以来ですもの! たまにお手紙をいただきますけれど、実際に会ってお話しする方が楽しいに決まってます!」

「リリィのお姉様か、緊張するな」


 ギルは軍服の襟元をわずかに直した。いつもどおりキッチリ着ているから、変なところは何一つないけれど、その仕草から彼の緊張が伝わってくる。


「ご家族が揃うというお話でしたが、皇帝陛下はお見えにならないんですね」

「……そうなんです。父は、皇帝になってから一度も、この集まりに来たことはありません」


 少しだけ声が沈んだ私を見て、ギルの眉が少し下がる。


「お父様も、ずっとご公務で忙しいみたいですから。仕方のない事です。……さ、早く行きましょう。きっと、お姉様たちが今か今かと、首を長くして待っていらっしゃいますよ」


 ギルの腕を引っ張ると、彼の体が少し強張ったような気がした。


「蘭子お姉様! 桜子お姉様!」


 藤棚に近づくと、散りかけている藤の花と皆の姿が見えた。大きな声で呼びかけて手を振ると、桜子お姉様は少しだけムッとしたように眉を顰めたのが遠目からでもわかった。


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